ヤルダバオトはかく語りき15
「で、それがあっさり覆されたと」
「ええ」
メックが、グラスを傾ける。
「ヤルダバオト」
グノーシス主義による神の定義。
「偽神の製造による世界の間接支配。そを企む勢力が確かに存在します」
「止めないのか?」
「私一人でですか?」
「ああ」
「命が惜しいですので」
「殉教も信仰の道だろ」
「耳が痛いですが……本当に痛いのは嫌いなタチなので」
「それは俺もそうだが……」
婉曲に、
「巻き込むな」
と言っているのだ。
片や、
「神の御子の再現」
片や、
「ヤルダバオトの顕現」
なるほど。
――プロジェクト=リラグナロックか。
心中そう思う水月だった。
「で? 渦中に居るのはどの勢力だ?」
「国連です」
「そう言えば国連もイクスフェスのスポンサーだったな」
「アリスは国連に確保されています。神威装置との睨み合いを、受け入れている体さえあります。まこと遺憾ではありますが」
「国連の使者が威力使徒に敵うか?」
「あくまで加護装束は攻性魔術を防ぐ物です。物理的な銃器爆薬の類への抵抗は一般人と大差ありません」
「アリスは何処に?」
「それがわかれば万事解決なのですけど」
「要するにフランケンシュタインの怪物……アリスをヤルダバオトへと昇華する前に殺せばいいのか?」
「そうですね。それで構いません」
「しっかし……」
グラスを傾ける。
「いつから国連はグノーシス主義に?」
「以前からでしょう」
サラリとメック。
「国連は一種の秘密結社ですから」
「公的な組織だと思っていたが……」
「まぁ一般的にはですね」
メックは苦笑した。
酒を飲む。
「秘密結社エスペランティスト。ワンワールド主義の最先端です」
「神の具現によって世界を回し、その神を背景に国連の発言力を上昇させる……」
「はい」
メックも肯定した。
「結果として国連が地球国家に対して圧倒的アドバンテージを取る」
「頭の悪い事を考えるなぁ……」
水月のこめかみが痛んだ。
アルコールのせいではあるまい。
「もし実現すれば世界は混沌に飲み込まれます」
「待て」
水月には、まだ考察すべき事がある。
「魔法検閲官仮説はどうなる?」
それが念頭にあったため、後手後手だったのだ。
「神自身は、この際、世間に顔を出す必要が無いのです」
メックは言った。
「神の具現顕現を、国連と世界の大財閥が認識して……なお、こうべを垂れれば地球はイクスカレッジを中心に回るでしょう」
「となるとシルバーマンか……」
「その辺りが妥当かと」
「ここまで手が込んでいると……」
「と?」
「シンメトリカル・ツイン・トライアングルの意向が気になるな」
無論、状況を把握していないはずが無い。
魔法検閲官仮説が発生しない海の孤島……イクスカレッジで大規模な儀式魔術を行なって、無視出来る案件ではない。
なにしろ神の顕現だ。
外界と隔離された空間に神を降ろして、そを基軸に国連の発言力を高める。
なるほど。
上手くいけば魔術による現代の侵食は為るだろう。
「どこまでわかって手を貸しているのやら」
口をへの字に歪める水月。
そこにチーズを放り込む。
「何とか地球の未来のために役先生の力をお貸し願えませんでしょうか?」
「こっちとしてもほっとける事で無いのは確かだが……」
ここで無精がマイナスに働く。
「そもそもにして国連の暴走を招いたのが神威装置の奔走だろ」
が基準にある。
「無理に聖人を造ろうとした罪悪は何処で処理されるのか?」
一種の連立方程式ではあった。
「で? 言い訳は?」
「全く以てありません」
清々しいくらい、さっぱりとメックは言った。
「とりあえず国連の使者が現れるポイントを端末に送れ。こっちはこっちで勝手に動く」
「神威装置と足並みを……」
「揃えてもいいが俺の能力で被害者が出ても責任は取らんぞ?」
「…………」
沈黙。
さもあろうが。
「そもそも何でお祭りに水を差すかね」
「祭りとは神への帰依です故」
魔術の総本山の一角であるイクスカレッジで云う発言では……あまり無かった。
「神様は俺が嫌いなのか?」
ここまで面倒事に巻き込まれ続けられたら、愚痴の一つも出ようと言う物だ。




