ヤルダバオトはかく語りき11
「とりあえず殺すが……構わんな?」
「慈しみの心は何処に行った?」
「あくまでそれは敬虔な信徒に対する物だ。異教徒は廃絶の対象だ」
「そんなところだろうな」
水月としても、別にさほど道徳的な返事を求めたわけでも無い。
行動理念のズレは、既に把握している。
「では行くぞ。神の威光を以て」
「かかってらっしゃい。その威光を踏みにじってやるから」
「よくもほざいた!」
瞬間、威力使徒は加速した。
人智を越えた速度。
そうには違いないが、生憎と「人間を止めている」のは、威力使徒に限った話ではない。
水月は冷静に、
「――千引之岩――」
魔術障壁を、展開する。
空間隔絶。
仮にも、竜の鱗を両断する切れ味のアスカロンとて、空間を伝わる質量である以上、千引之岩は突破出来ない。
ほとんど必然だ。
決定事項とも云う。
「馬鹿な……!」
と、畏れたのは、威力使徒か観客か。
殆どサプライズの決闘ではあったが、「威力使徒バーサス魔術師」の構図は。観客の足を止めるに値する。
「こうなると見学料を取りたい気分だな」
「戯れるか!」
アスカロンを振るうが、水月の魔術障壁は、突破出来ない。
「さて」
と水月。
「道化を演じる以上、パフォーマンス過多も必要か」
す、と、左手を、威力使徒に向ける。
「――迦楼羅焔――」
炎の塊を飛ばす水月。
アスカロンを振っていた威力使徒は、まともにぶつかる。
爆発。
炎上。
灼熱が咆哮を上げて、火炎が踊り狂う。
「やったか?」
観客の一人が、そう言った。
無論、
「やったか?」
などと言った後で、本当にやった事例は無いのだが。
そもそも、威力使徒の攻性魔術に対する抵抗性は、あらゆるパワーイメージの中でも、トップクラスだ。
比類無き……とまでは行かないものの、対抗馬を探すのに少し苦労する程度には、アドバンテージを持っている。
アスカロンが振るわれる。
魔術障壁に防がれる。
「オンマユラキランデイソワカ」
水月は、思考のリミッターを外した。
呪文を唱える。
即ちマジックトリガー。
「――迦楼羅焔――」
神鳥ガルーダを象った灼熱の炎が、音より速く威力使徒に襲いかかる。
接触は一瞬。
爆熱。
爆発。
爆撃。
爆風。
爆音。
光が全てを呑み込み、続く爆煙が空へと拡散していく。
「なんて威力だ……!」
驚愕が、逆に観客の理性に、楔を打った。
あまりといえばあまりな威力に、
「魔術師はこんな事が出来るのか」
そう思わせるのだ。
水月としてはそれでもまだ、
「手加減した」
方なのだが、それについて論じる労力は、見出せない。
決着は付いた。
威力使徒に、魔術は効かない。
それは確かだ。
が爆発の中心部に居る以上、灼火が酸素を奪うのも必然。
熱や火が酸化作用を根底とするのは、科学の必然。
であれば、ビルをも粉砕する灼熱地獄の中で、呼吸がままならないのも……また必然。
全てが終わって迦楼羅焔が霧散すると、倒れた威力使徒が残った。
酸欠による意識の強奪。
傍らには、手から漏れたアスカロン。
「マジか……」
それが、大波を呼ぶ、さざ波の紋。
「「「「「――っ!」」」」」
ワッ、と、観客は熱狂した。
魔術師の天敵である威力使徒。
まして相手は奇跡倉庫の聖遺物……竜殺しのアスカロンを持った逸れ者。
そを下した魔術師の存在。
即ち、魔術の無限性の証明だったのだから。
別段、水月は、ソレを証明するために戦ったわけではないが、
「まぁいいか」
で済ませる。
面倒事を嫌う水月らしかった。
「何と何とーっ! あの威力使徒を差し置いて……勝ったのは魔術師たる役先生だー!」
「「「「「わ――!」」」」」
観客も騒ぎ立てる。
「ところで何で役先生と威力使徒が?」
マイクから、そんな疑問が流れ出る。
「それはこっちが聞きたいわ」
水月のまっこと本音だ。
「これがアスカロンか……」
水月は、気を失った威力使徒……その手を離れたアスカロンを持って、しげしげと眺めやる。
その日の夜……イクスカレッジの博物館に、アスカロンが展示されるのだが、神威装置の意図はどうあれ魔術師にとっては朗報だった。




