ヤルダバオトはかく語りき09
昼を挟んで、午後。
魔術トーナメントは、二回戦を始めた。
三日かけてやるらしい。
イクスフェスの二日目。
つまり今日は、一回戦と二回戦で終わり……というわけだ。
忍は不戦勝。
当たり前だ。
地面ごと爆砕する破壊兵器を、見せつけたのだ。
しかも二節の入力と演算によって。
勝ち上がってきた魔術師は、新古典派であり、魔術の行使において、長ったらしい呪文を唱える選手。
元より死んでも、
「さいですか」
で済むルールであるため、不意を突くならともかく、真正面から忍に喧嘩を売る無謀さと蛮勇性は、馬鹿でもなければ理解出来る。
一応、彼我の戦力計算も、実力のうちだ。
それ以外の選手については、自らの信ずる魔術を以て、敵を害そうと躍起になる。
「頑張ってるな」
水月が言う。
「だな」
忍も云う。
もう威力使徒の影響概算については、論じる必要も無いらしい。
「お前がいいならな」
と、水月も、嘆息した。
それぞれの魔術師の技量については、既に水月は見て取っている。
椿の番となった。
今日最後の試合だ。
闘技場に顔を出すと、今度はスラリと大通連を抜く。
「殺る気か」
元よりルール違反では無い。
もっとも、今回に限っては、杞憂だったが。
試合開始の合図が、マイクを通して高らかと。
「――我は求め訴えたり(中略)――」
長ったらしい呪文を唱える魔術師。
椿は、その場から、動かなかった。
力を抜いているが、油断しているわけでは無い。
逆だ。
全方向に対して、警戒しているのである。
魔術は、真正面から来た。
炎の濁流。
対して、
「…………」
ツイ、と、ペンで線を引くように、刀で空間を切る。
刃先が、炎の先端を捕らえ、
「っ!」
相対する選手と観客(水月と忍を除く)の度肝を抜いた。
炎が、吹き散らされたのだ。
刀の一振りに於いて。
どう考えても、魔法の領域。
少なくとも、マンアークインタフェースとは云え、大通連にそんな機能は無い。
「くっ!」
悪嘆して、魔術師は、次なる魔術の儀式に入った。
椿は、日本刀をダラリと片手に持って、歩み寄る。
特に速いわけではない。
走っていないし、早歩きでもない。
「単に散歩」
そんな感じ。
炎が。
水が。
風が。
椿を襲うも、刀の一振りで、無に還る。
生きているのなら、万象を殺せる聖術。
斬殺の極地。
強制終了。
「刀をば、振るいて神の、堕ち為れば」
「六根まったき、清浄なりける……か」
ある種の皮肉だ。
未来に対する……ではあるが。
他の観客は、どよめいていた。
「日本のサムライはあんなことが出来るのか」
と。
水月にしろ忍にしろ、その妄念を正す義理も無いためスルー。
元より、剣術で、魔術がどうにか出来るのならば、世話は無い。
「心臓だな彼奴は」
水月は、椿を、そう評した。
「実際に見ると瞠目するなぁ」
忍も、似たような感想らしい。
一言で言えば、
「空恐ろしい」
それに尽きる。
ありとあらゆる物を殺す。
生命は元より。
魔術も。
現象も。
「とりあえず椿の勝ちか」
状況的に、逆転の目は無い。
こと新古典派の儀式魔術では、椿との相性は最悪だろう。
また一つ、魔術が完成する。
椿に襲いかかるが、
「…………」
スッと椿が刀を振るうと、
「馬鹿な……っ!」
目覚めにおける夢のように、霧散する。
「アンチマジック……!」
観客の誰かが、そう呟いた。
「三十四点」
赤点だ。
椿の本質は、捉えていなかったのだから、しょうがない。
決着はついた。
椿が、峰打ちで、対戦者を気絶させたのである。
これで魔術トーナメントの今日の予定は、消化された。




