ヤルダバオトはかく語りき08
水月は、忍と椿と一緒に、昼食をとった。
危険ではある。
それは忠告した。
その上で、
「水月と一緒に居たい」
と言っている以上、
「好きにしろよ」
としか返せない。
どちらにせよ、忍はともあれ、椿は関わるはずだ。
イクスフェスの水面下で起こっている『何か』に対して。
大方の予想は付くが。
イタリアンレストランで、パスタをそれぞれ頼み、囲んでいるテーブルの中央にピッツァが一枚。
フォークでくるくる巻き取って、口に放り込む水月。
「結局リラグナロックって何なんだぜ?」
忍が、お冷やを飲んで、そんな質疑。
「ん~?」
水月は、パスタをガツガツ食べて、口を塞いだ。
「それは僕も聞きたいな」
椿も興味があるらしい。
こっちに対しては、福音だが。
「ラグナロクって知ってるか?」
「?」
「まぁ一応」
二人の反応に差異はあったが、元より日本の古典魔術師に聞くような事でもない。
「北欧神話における神と巨人の最終戦争。神代の刻の終焉と人の世の産声。始まりの終わりと、終わりの始まりを語った叙事詩。まぁ神様による平家物語だな」
最後の一言で、台無しにする。
ある種における、水月固有の魔術だ。
「ラグナロク……ねぇ?」
「そこにアールイーコロンが付いてリラグナロックだろうな」
特に気負いも無く水月。
「ふむ」
と、椿は、考察する。
「とすると……」
「意味がひっくり返るな」
「やっぱり?」
少しだけ、椿の愛想笑いが、引きつった。
覚ったらしい。
「どういうことだ兄貴?」
こっちは日本神話とサブカルには強いが、まだその他のパワーイメージには疎い。
環境が環境であったため、唾棄の対象にはならない。
水月は、パスタを巻きながら言う。
「ラグナロクは神々の黄昏と呼ばれている。その上でアールイーコロンラグナロクというのが神威装置……教会協会のプロジェクト名だ」
「じゃあリラグナロックは……」
「…………」
水月は、淡々と、ビールを飲む。
「人々の黄昏だぜ?」
「正解」
「可能か?」
「無理」
返答は、コンマ単位。
清涼かつ爽快だった。
水月が、積極的に動かないのは、此処にワケがある。
リラグナロックが、人々の黄昏である以上、代替するのは神々だろう。
そして、それが一神教の下に行なわれている、となれば、どう考察しても、結論は一つ。
が、
「それを教会協会が望むはずが無い」
のである。
「可能不可能なら不可能」
であり、
「推奨非推奨なら非推奨」
と言える。
教会協会が、無茶をやるのは、まっこと自然だが、あくまで教義の範疇ならばだ。
ことリラグナロックが、水月の結論の通りなら、むしろ止める側であるはずだった。
その辺り「合点がいかない」というか、歯車がかみ合わない。
そこまで説明すると、
「むむ」
「ふむ」
忍も椿も、納得した。
だいたい、そんな小賢しい論理に頼らなくとも、神代の世になるはずが無いのである。
何と言っても『魔法検閲官仮説』がある。
これ有る限り、魔法に関わる人間や事案は、決して人間社会を飲み込む事をしない。
まして語られる神話や叙事詩は、こと近代現代魔術に於いては、
「神々詐欺」
と言える。
魔導師ナツァカが、近代魔術に於いて指摘した、
「創造神話の並行不可性」
は、こと現代魔術を習った者にとっては、必然だ。
魔術師によるパワーイメージの根幹には為るが、根本的な根拠と証左を持つ事能わず。
宇宙がどうやって出来たか、については仮説異説、様々あるが、
「ま」
と、水月は、ピザを飲み込んで、
「混沌から天地が分かれたなんて神話は宇宙が天動説で成り立っているならばの話であって、しかも地面が平らで星空と同じ体積を持つならと云う認識の元だ。太極から両儀が出来たり炎と氷が世界を作ったのなら中学生が元素記号を学ぶ必要も無いだろ」
「だな!」
明朗快活に、忍が笑った。
「僕はあまり神話について詳しくは無いのだけど……」
パスタをあぐり。
「それでも確かに神が人の世を創ったにしては……人の住まう地球は小さすぎるね」
「ああ」
その通りだ。
魔術がある以上、全知全能の存在は、仮定出来る。
だが、「それが人を愛しているか」と問われれば、近代現代魔術師は、「否」と答えるだろう。
アークとは装置。
神様はサイコロを振らない。
それ故に、全知全能であるのだから。




