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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
生死とは何ぞやと鬼の問う
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只野真理のいる日常01

「くぁ……」


 小さなあくびを噛み殺す水月。


 目じりから溢れ出る涙を人差し指で拭いながら、眠たげに閉じられようとする眼をなんとか必死に押し上げる。


「何でこんな朝から起きてんの、俺……」


「これから講義だからですよ」


 平然と答える真理。


 二人はそろってとある教育棟の廊下を大講義室まで歩いていた。


 道行く生徒たちは水月と真理を見ては驚く。


 その視線が鬱陶しくて、水月が睨みつけると衆人環視は慌てて目を逸らす。


 舌打ちをして真理を見る水月。


「今日はサボるつもりだったのに……」


「私も今日からこの学校に入ることになりました。ついでに取得単位は水月と全く一緒です。まぁこれは上の方の判断に因るものですが……。ともあれ一人より二人です。わからないことがあれば何でも聞けるというものです」


「俺、魔術史くらいしか得意じゃないぞ」


「なら尚更じゃないですか。今日最初の講義はナツァカ魔術史です。あの有名なコンスタン教授に直接教えてもらえるなんて。ちょっと感動です」


「…………」


 新古典魔術師としても名高いコンスタン教授を神聖視している生徒は少なくない。


 真理もそのクチらしかった。


「直接もくそもお前も昨日からコンスタン研究室に配属だろうが。わざわざ講義出てまで聞くことの話か?」


「それでもコンスタン教授の講義を受けれるってだけで既にしてすごいことですよ。前のカレッジでは縁がありませんでしたし、こっちでも魔術師が直接受け持つ講義は倍率が高いんですよね?」


「……まぁな」


「加えて魔術を扱えるエリートしか入れないコンスタン研究室に配属されるなんて望外の極みですよ」


「ちなみにお前、魔術は?」


「……使えません」


「だろうな」


 別段驚くことでもなかった。


 イクスカレッジにおいては魔術を使える生徒よりも使えない生徒の方が多い。


 真理が後者に分類されるとしても不思議ではない。


「コンスタン教授のことだから自分のところの生徒になったら意地でも魔術を覚えさせようとするだろうな」


「水月は魔術をどれだけ使えるんですか?」


「五つ以上」


「本当に魔術師なんですね……」


「まぁ役一族は昔からの魔術師の家系だからな」


「何か使ってみてください」


「――現世に示現せよ、迦楼羅焔――」


 ボッと水月の右手から炎が生まれて消える。


「……すごいですね」


「お前もこれくらいならすぐできるようになるさ。何せ魔力の入力がいらないからな」


「へ?」


「お前の場合オルフィレウスエンジンが常時魔力の入力を行なっているから魔力の演算だけで事足りるだろ?」


「そうでした。私、アンデッドでした……」


「まぁとりあえずトランスセットからだぁな」


 そう言いつつある程度廊下を進み大講義室につくと、その扉を開ける水月。


 と、ざわっと大講義室がさざめいた。


 大講義室の生徒ほぼ全員が水月と真理を見て驚いたような顔をする。


 生徒の数は二百人と言ったところだろう。


 空間が広く取られている大講義室はそれでも三分の一ほど空席を作っていた。


「…………」


 水月は無言でさざめきなど気にした風もなく室内に入る。


「…………」


 真理は委縮しながら水月に寄り添って室内に入る。


 ざわざわと、ヒソヒソと、水月たちを取り囲むようにさざめきが止まない。


「……本当に神乃マリだぜ……」


「……転校してきたって噂、本当だったんだ……」


「……なんで役先生と一緒なんだ……」


「……お前、声かけてみろよ……」


「……嫌だよ。役先生に殺されたくない……」


 生徒たちのさざめきを総合するとこのようなものだった。


(聞こえてんだがなぁ)


 苦笑とも自嘲ともとれる小さな笑みをこぼす水月。


 水月は真理を伴って階段状になっている大講義室の窓際最後列まで歩く。


 そこには先客がいた。


「……おはようございます」


 先客が不機嫌そうな声でそう言うと、むすっとした顔のジトッとした目で水月を見つめる。


 水月はそんな先客の不機嫌には気付かないふりをして先客の隣に座る。


 それから挨拶を返す。


「おはようラーラ。お前が講義に出てるとは珍しいな」


「一応コンスタン教授の講義ですからね」


 先客のラーラがそう答える。


「俺はサボるつもりだったんだがなぁ」


「また先輩はそういうことを……」


「お前の作った資料で講義するんだろ。お前、もう受けなくていいんじゃね?」


「そういうわけにもいきませんよ。先輩がサボるならご一緒しますが……」


 そう言ってラーラは話題を転換する。


「ところで……」


 水月の隣に平然と座っている真理を見て、ラーラが問う。


「そちらの方はどなたですか?」


「名前は只野真理っつーんだ。神乃マリって言ったらわかるか?」


「神乃マリ……! なんでネットアイドルさんがここに?」


「何というべきか……ともかくえてしてはたまたちなみにややこしい事情があってだな……」


「水月と同棲させてもらっています。只野真理と言います」


 ピシッと空間にひびが入った。


「ど、同棲……!」


 もろに狼狽えるラーラ。


「おい真理。事実ではあるが誤解を受けるようなことを言うな」


「ですけど事実です」


「……まぁな」


 どうしたもんかと頭を掻く水月。


「同棲って……」


「ん。まぁ事実ではあるがラーラ、お前の考えてるようなことはない」


「どういうことです」


「こいつ、アンデッドなんだ」


「は?」


 今度はポカンとするラーラ。


「アンデッドって、あの?」


「他に何があるんだ?」


「…………」


 無言で苦笑する真理。


「それでな、殺すこともできないから俺が監視することになった。で、二十四時間監視するために同棲しているって都合」


「もしかして昨日の用事っていうのは……」


「そ。こいつを押し付けられたってこと」


「じゃあ……つ、つ、付き合ってるわけじゃないんですね?」


「当然」


 きっぱりと言い切る水月。


 隣で真理の顔が陰ったが水月は気付かなかった。


「ちなみにこいつもコンスタン研究室に入ることになったから。これからよろしくしてくれ」


「よろしくお願いします……ええと、ラーラさん」


「よろしく真理さん」


 水月越しに頭を下げるラーラと真理。


 水月は興味津々といった周囲の視線に苦笑するばかりだ。


 神乃マリとして只野真理もだが、ラーラも十分に美人だ。


 そんな二人に挟まれている水月が何と邪推されようとしょうがないというものだった。


 一種異様な空気を持った大講義室に、老齢の女性……コンスタン教授が入ってくる。


 コンスタン教授は大講義室の空気を感じ取ったのか水月の方へと視線をやる。


 水月は肩をすくめるばかりだ。


 それだけで納得したのか、ふいと視線を外してコンスタン教授は教卓に立つ。


 そして、


「――AlefTav……TheMagician……――」


 呪文を唱えた。


 教卓の、コンスタン教授の背後に広がる黒板の、そこにおいてあるチョークがひとりでに動き出して板書していく。


「ふわ……」


 真理がコンスタン教授の魔術に驚く。


「…………」


 水月はというと、早くもうとうとと眠りの深淵へと潜っていこうとしていた。

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