ヤルダバオトはかく語りき04
「お前が何を思って第一真祖となったかは……この際問うまい」
水月は、標本と化したクドラク……漆黒の狼の、すぐ横を通り過ぎる。
「この前のリッチと心境的には同じかもな」
リッチ。
そも、また悪性の魔術師が、人智を踏み越えた先にある存在概念。
悪しき魔術師の到達点という意味で、クドラクとリッチは一致する。
それが神威装置の駒となっているのは、この際皮肉だろう。
「であるため」
水月は、さっくりと、クドラクの背後を取った。
「相応のルールで滅却させて貰う」
それさえ出来れば、問題は解決したも同然なのだ。
あくまでクドラクにかかずらうならば……ではあるのだが。
背後を取った水月は、空間隔絶による立方体の、背後だけを解除する。
同時に、
「――前鬼戦斧――」
狼の後ろ足の腱を切る。
これでクドラクは、行動不能だ。
同時にクドラク……第一真祖の殺害ルールに則る形でもある。
「すまんがここは海上都市でな」
水月は、足の腱を切られたクドラクに、安易に同情する。
「土に埋めて埋葬ってのは出来ないんだ」
スッ、と、左手を差し出して、クドラクをポイント。
「故に火葬するが……まぁ埋葬という意味ではどっちもどっちか」
惚けたように、言を紡いだ後、
「――迦楼羅焔――」
灼熱の火球を生みだし、焼き葬る。
「その御霊に安らぎあらん事を」
それが、水月なりの配慮と言えた。
そうでなくとも、放置しておける類では無いが。
そんなこんなで、結界を抜け出す。
元のお祭り騒ぎだ。
水月が、急に現れた事に、疑問を覚える者はいない。
結界の行き来は、そう云う物である。
「後は向こうの出方次第か?」
少なくとも、水月には前科がある。
教会の爆砕。
マジックテロリズム。
一神教にとっては、許しがたい冒涜だろう。
プロジェクト=リラグナロックと並行して、役水月の始末に奔走するはずだ。
である以上、今更後退も有り得ない。
面倒事は嫌いだが、火の粉が迫って、払わない人間もいない。
要するに、それだけのことではある。
水月の平和哲学は。
それについてのシミュレートをしていると、
「兄貴!」
情報端末に、忍からコールがかかった。
「何だ?」
と応答する。
「夕餉はどうするんだ?」
「まぁこっちも片付いたしな。寿司にしよう。大和心で合流な」
そう端的に水月は言った。
「うっす」
そして切れる。
神威装置も、水月以外に、手を出したりはしないはずだろう。
それが、
「奇蹟の否定」
であっても。
ことイクスカレッジのスポンサーであるならば、現代魔術は商品だ。
なお水月は、仮想聖釘に対して、ある種の安全装置でもある。
これは既に話した。
防御性に於いて、一家言あると。
「とりあえずモノレールだな」
ビールを飲みながら、地図を頭に展開する。
「まぁそこまで急ぐ事でも無かろうが」
そんな本音。
まだ神威装置との摩擦が、解決したわけでは無い。
かといって、怯える理由も無い。
先述したが、間違っても先方の報復は怖くない。
ただ個人と組織では、伸ばす手のリーチにも違いがある、と言うだけだ。
仮に、
「そういう事態」
に陥った場合、泥を被るのは水月なのである。
これも水月の嫌う面倒事。
「こりゃ明日も単独行動か?」
そう思わざるを得ない。
ビールを飲む。
ほろ酔い気分で、モノレールに乗る。
「平和哲学だぁな」
今更だ。
水月としても、そっちの方が効率もいい。
人前では言わないが。
ともあれモノレールに揺られていると、
「あの……役先生ですか……?」
そんな声をかけられる。
「だな」
特に否定はしない。
「憧れます! サインを頂けますか!」
「却下」
すげなく断る水月だった。
栄光や名誉に、何の感慨も湧かない水月である。
衆人環視のさらし者にされはするが、
「いっそ殺して回ろうか」
それが、嘘偽りない、水月の本音でもあった。




