アンデッド08
水月はシャワーを浴びてさっぱりするとトランクスだけ穿いて自室に顔を出す。
「おーい、真理、風呂あがったぞー」
「みぎゃーっ!」
次、風呂入れよと言うはずだった水月の言葉は真理の奇声によって遮られた。
真理は顔を手で覆い、しかし指の隙間からしっかりと水月を見つめながら狼狽える。
心底不思議そうに水月が問う。
「どうした?」
「パ、パ、パ……」
「パ?」
「パンツ一丁で何してるんですか!」
「何もしてないが……」
「そういう問題じゃありません!」
「そうか?」
いと不思議そうに言って、パジャマを着始める水月。
ホッとした様子で真理が手を下ろす。
「勘弁してくださいよ……。セクハラじゃないですか……」
「あぁ…………すまん。自分の宿舎だから油断してた」
そう言って水月はパジャマを着終える。
「そうか。お前がいるんだったな。すっかり忘れてたな」
「忘れないでください……。ていうか最初に思いっきり私の名前呼んだじゃないですか」
「でもパンツ一丁は男のロマンだぞ? 夏になるといくらでも見れるぞ?」
「見せないでください……」
「はっはっは。まぁともかくえてしてはたまたちなみに風呂に入ってこい。いい湯加減だったぞ?」
「……そうさせてもらいます」
そう言って真理は引っ越しの際に以下略の箪笥からバスタオルを取り出して浴室へと向かう。
(ショーツとブラジャーはいらんのか?)
そんな余計な心配をする水月をよそに、真理は浴室へと続くキッチンへと消えていった。
しばらくするとシャワーの音が自室まで聞こえてきた。
ううむむと唸る水月。
(女のシャワーの音ってそれだけでエロく聞こえるのはなんでだろうな……)
そんな親父くさいことを考えながら水月はキッチンに向かう。
コーヒーメーカーを取り出し、豆を砕いてコーヒーを抽出する。
しばらくしてシャワーの音が聞こえなくなると同時にコーヒーが出来上がる。
マグカップにコーヒーを注いで自室へと戻る。
(しかし意外と気を使うもんだな、二人暮らしって奴は。何の問題もないとわかってはいても真理が風呂に入ってる時にキッチンに立つのに罪悪感)
歩きながらコーヒーをすすってそんなことを思う。
そのままコタツ机にマグカップを置いてパソコンを前にする。
三十分ほどネットサーフィンをしていると浴室の扉が開く音がキッチンまで聞こえてきた。
「いいお湯でした」
そう言ってキッチンを通って自室へと入ってきた真理は、
「…………」
バスタオルを体に巻いているだけという状況だった。
胸部の二つのふくらみがバスタオルの上部を盛り上げている。
湿った髪がエロティシズムを漂わせている。
「……あのな」
押し殺したような声を出す水月。
「はい、なんでしょう?」
「乳バンドとスキャンティはどうした」
「いつの時代の人間ですか、それ」
「せめて下着くらいつけろ」
「さっきのお返しです。どうですか? エロティカルですか?」
うふふ、と人の悪い笑顔を水月にむける真理。
「私、意外と体つきもいいですよね?」
「まぁ否定はしない」
コーヒーを飲みながら水月は平然と言う。
むっとする真理。
「なんですか……もう。狼狽えるくらいことしてくださっても……」
「これがさくらだったなら俺は狼狽えたんだがな……」
「さくら……って?」
「いや、なんでもない。ただの妄言だ。はいチーズ」
そう言って水月は真理のデジカメを持つとバスタオル一枚姿の真理をパシャリと撮る。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
後に、
「何撮ってるんですか!」
真理が焦った。
「何って、お前のあられもない姿」
いいながらシャッターを切る水月。
「やめてください~」
情けない声を出しながら水月からデジカメを奪おうとする真理。
奪われまいと抵抗する水月。
「ちょ、冗談だって冗談!」
「とりあえず返してください!」
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!」
そんなこんなで押し合いへし合い、そして、
「きゃっ!」
真理が体勢を崩した。
バスタオルがはだけて全裸になった真理が、抱きつくようにして水月をベッドへと押し倒した。
「…………」
「…………」
またしても沈黙。
ただし先ほどの沈黙と違い、今度の沈黙は千の言葉より雄弁だった。
水月は状況を整理する。
自分が真理にベッドへと押し倒されたこと。
真理が抱きついたまま離れないこと。
それから真理のバスタオルが完全にはだけたこと。
「…………」
「…………」
抱きつかれているため真理の裸の全てを見ることはかなわないが、真っ赤になった顔のうるんだ瞳で水月を見つめる真理と目が合った。
自分の胸に押し付けられた真理の二つのふくらみの、その奥でドクンドクンと心臓が早鐘を打っているのを悟って、水月はどうしたものかと悩んだ。
声に出して言ってみる。
「どうしたものか……」
「は、はい……」
狼狽しているのだろう、上ずった声で同意する真理。
「とりあえず離れられるか?」
「だ、ダメです。離れたら裸が見えちゃいます……」
「自分から挑発しといてそれはないんじゃないか?」
「いえ、こんな……つもりじゃ……」
「胸を押し付けといて今更って感じだし」
はぁとため息をつく水月。
顔を真っ赤に染めたままで、どこか不機嫌そうに真理が言う。
「何で……そんなに冷静なんですか……」
「なんでってもな。意外と冷静じゃないぞ」
「そうなんですか?」
「ロダン曰く、着物を脱ぐ女性の美しさは雲を貫く太陽のようだ……ってな。今ならちょっとわかる気もする」
「このまま私を抱きたいとか……」
「それはない」
きっぱりと言い切る水月。
「やっぱり冷静じゃないですか……」
「……そうかもな」
ふむ、と水月は納得する。
「私、そんなに魅力ないですか……?」
「は?」
「だって、最初から水月は私の前では冷静で……」
「そうだったっけか……?」
「そうですよぅ。今だって、私はこんなにドキドキしてるのに……」
「…………」
ドクンドクンと真理の心臓が脈打っているのを感じながら、
「……自業自得だ」
そうとだけ返す水月。
「そうじゃなくて……何も思ってくれないんですか?」
耳まで真っ赤になりながら、真理は水月を睨んだ。
水月は目を閉じて、はあ、とため息をついた。
それから真理の言葉には取り合わず、
「とりあえず離れてくれ。俺は目を閉じといてやるから」
そう言って引きはがした。
「きゃ!」
初心にそう呟いて、抱きつきをはがされる真理。
思わずと言った様子で両腕で胸と股を隠すが、そもそも水月は目を閉じて明後日の方を向いている。
その隙に真理はバスタオルを拾い上げて再度体に巻いた。
「もう目を開けていいですよ……」
「ああ……って、まだバスタオル一枚じゃないか。せめて下着つけろ」
「はいな」
そう言って引っ越しの際に以下略の箪笥から下着を取り出すと、真理はキッチンへと向かった。
そこで着替えるつもりなのだろう。
自室とキッチンを分け隔てる扉を閉めながら水月に忠告する。
「覗かないでくださいね」
「あいまむ」
平然と言う水月に頷いてから真理はキッチンへの扉を完全に閉めた。
自室に残された水月は、ここでやっと顔を赤くして鼻先を掻いた。
「何も思わねーわけないだろ……」
本人には言えもしないのだが。




