怪物と呼ばれる者よ13
バーを出ると、良い時間だった。
月が傾き、夜気が涼しさを演出する。
「とりあえず帰るか」
との水月の言で、コンスタン研究室を目指す二人。
が、
「……そうなるよな」
当然、神威装置が、黙っているわけもない。
結界に取り込まれた。
景色自体は変わらないが、反転の作用が、ほろ酔いの脳に良く響く。
「来やれ。大通連」
椿が呟く。
すると、結界による世界の隔絶をも無視して、大通連が飛んで来た。
椿の手元で静止し、腰に差される。
「呑まれてはいないらしいな」
「そっちこそね」
互いに皮肉り合う。
夜の結界に現れたのは、漆黒の狼だった。
黒く暗い……人よりも大きな獣。
「狼……」
椿が呟く。
「…………」
水月は、思案にかられていた。
狼は、日本では神性の象徴だが、欧州では悪性の象徴である。
これは、
「狩りを神性とする日本の信仰」
と、
「家畜を襲う欧州の信仰」
の違いだ。
元より、放牧の文化が希薄だった日本では、狩りを行なうにとり、そのエキスパートである狼を尊敬した事が起源となる。
特に、アイヌ民族にとって、ニホンオオカミは今でも敬意の対象だ。
対して、畜産放牧を生活の糧としていた欧州では、狼は悪の象徴だ。
「人間の財産である家畜を食い殺す」
と捉えられ、時に悪魔の遣いとまで言われる。
教会協会が手を組む相手としては、最悪とも言える。
それが、むしろ水月を、冷静にさせた。
「本当に裏にいるのは神威装置なのか?」
と。
折角、心地よく酔っていたところに、冷や水を浴びせられた様子だ。
思考がグルグル回るが、決定的な結論は出ないまま霧散する。
とりあえず現実の対処が先だ。
例え明日死ぬとしても、今日の食事を取らないで良い、という理由にはならないのだから。
心眼で探っても、威力使徒の影は掴めない。
「椿」
と呼びかける。
「お前の心眼で、狼以外の存在は感知できるか?」
「今のところは引っかからないね」
要するに、
「目の前の狼だけ」
そういう理屈だ。
「――――!」
底冷えのする鳴き声を上げる狼。
夜の帳に紛れる漆黒の体毛は、視覚で捉えるには困難だ。
だからといって、困る水月や椿でもないのだが。
威力使徒の脅威がないと判断し、目の前の狼に注力する水月。
吠えて襲いかかってきた狼。
対する水月は、
「――千引之岩――」
とマジックトリガーを引いた。
異世界の構築。
言ってしまえば、それだけだ。
異世界に捕らわれている以上、基準世界には干渉できない。
「うーむ」
水月は唸った。
「どうするコレ?」
椿に尋ねると、
「まぁ禍根は残したくないよね」
常識論で返される。
狼のうなり声が響いてくるが、檻に入れられたも同然で、脅威はない。
要するに狼を基準として、その周囲に千引之岩で、立方体を作ったのである。
千引之岩は、世界と世界を分かつ壁。
である以上、
「空間隔絶に囲まれた空間は異世界と呼べる」
という理屈が罷り通る。
実際は、透明なガラスケースに入れられたようなモノだが、現実世界に干渉できないという点を以て『異世界』と言えるだろう。
「本当に節操ねえな」
うんざりと、水月は言う。
「何が?」
と椿。
水月は、欧州における狼の信仰について語る。
「となると……」
聡い椿だった。
「もしかして敵は神威装置じゃない?」
「可能性としてな」
少なくとも、現実で、教会協会と狼が、相容れるはずもない。
「で、どうするの?」
目の前の狼をどうにかするのが、最優先事項。
それは水月とて分かっている。
「殺しておこうか」
水月はそう云う。
「というわけで後は任せた」
千引之岩を解く。
自由になった狼が、襲いかかる。
人間より二回りほど大きな狼ではあったが、
「…………」
椿の強制終了の前には、一介の獣でしかない。
居合いの要領で、大通連を抜き放ち…………一閃。
斬殺付与。
椿の聖術を受けて、狼は死んだ。
「こういう時に便利だよな……お前」
なんとなく、そんな呟きをする水月だった。




