怪物と呼ばれる者よ03
結果論になるが、アレは望外の幸運だった。
威力使徒の放った、仮想聖釘を掴み取れたからこそ、リッチを滅ぼしえたのだ。
単純な物理現象では、どうしてもアークのルールには逆らえない。
「じゃあこれ以降、犠牲者は出ないと?」
「それは予想と言うより期待だな」
思考すべきは他にある。
即ち、
「何故そこまでして人間の死体を収集するのか?」
そこに落ち着く。
「何故と言われてもね……」
椿は、頬を人差し指で掻いた。
「女性の死体を集めて益になる事……」
犯人がジャック・ザ・リッパーならまだわかる。
が、思想的に、今のところ唯一神の正義を語る……威力使徒の建前と非人道の行為とが、イコールで結びつかない。
仮に不信心者を始末するにしても、今度は女性ばかりを狙う理由にならない。
「女性の魂を集めて、何かしらの大儀式でも行なうつもりでは?」
そう呟いたのは真理。
「魂って……お前な……」
水月が、コーヒーとは別の苦みで、顔をしかめるが、
「別に魂性を肯定しているわけじゃありません」
コンスタン研究室に居るだけあって、真理は聡明だった。
「けれども魂自体が実在しなくとも、実在するように振る舞う事は可能なはずでしょう」
その通りである。
「実際に、水月が相対したリッチが、良い例でしょう」
「だな」
それは、水月も肯定せざるを得ない。
魂自体が実在しなくとも、魂が在るように振る舞うことは出来る。
ケイ仮説が間違っていても、体力を消費して魔力を得る魔術師が居る事と同義だ。
例にするのはどうかと思うが、
「果汁無しでもリンゴ味の清涼飲料水をリンゴジュースと定義できる」
程度には、世界はあやふやに出来ている。
要するに受け手のイメージを、さっくり物理現象に落とし込むのが、隙間の神効果であるのだから、
「魂を不朽にした」
と定義すれば魂が無くとも、まるでその様に出力されるのだ。
低俗な理論ではあるが。
「そうなると問題は……」
椿が言う。
「威力使徒の今後か」
概ねにおいて察したらしい。
水月が崖っぷちで爪先立ちしている事を。
「どゆこと?」
これは水月と椿以外の総論。
要するにかしまし娘。
水月は、
「…………」
生来の無精故に、説明を拒否した。
「簡単でしょ」
と代弁する椿。
「威力使徒に襲われて生き残った。そして威力使徒の結界とリッチの存在の共通性。であれば神威装置が何を企んでいるにしても水月を邪魔だと思うのは誠に自然だ」
「場合によっては?」
「口封じも一手ではあるね」
「うへぇ」
水月が辟易する。
元より自身が招いた結果ではあるが。
「問題はまだあるでしょ?」
「だぁな」
水月と椿は通じ合っていた。
「水月と接触した人間は口封じの対象になるだろうね」
現在で言えば、コンスタン研究室と椿……それからケイオスが相当するだろう。
「その上で……」
嘆息。
「かしまし娘が戦力にならん」
深刻な問題だった。
「しかも」
「女性の死体を収集する以上……狙われて当然」
「口封じ兼儀式の材料か」
「魔法の世界もエコロジーかな?」
「エネルギーの総量は魔術師が使えば使うだけ増えるんだがな」
もっとも宇宙の広さを鑑みて(あくまで一般的な)魔術師の魔術程度でどうこうなる宇宙でもないが。
「俺なら戦えるぜ兄貴!」
忍は吠えるが、
「まぁやれはするだろうが魔術は効かんぞ?」
「そうなのか?」
「こと異教の魔術に対するアドバンテージを持ってるが故に、威力使徒は面がデカいからなぁ……」
うんざりと言葉を吐瀉する水月だった。
精神的疲労が五トンほど肩にのしかかった要領だ。
忍のブレンドブレードも物理の側面が強いにしても、レッテルは魔術だ。
であれば『異教の魔術』に相当する。
あまり愉快な想定ではなかった。
嘆息。
「とりあえず」
「とりあえず?」
「しばらくはコンスタン研究室に引き籠もろう」
「なして?」
「色々と便利だからな」
それで説明できるはずも無かったが、とりあえず説明に時間を割く水月だった。
役割と場所の調達……何よりコンスタン教授の説得もあって、研究生と椿は研究室に保護される身となる。
それほど魔術師は人材として貴重なのだ。




