祭りの気配12
夕餉が終わって夜。
水月はリビングで真理を撮影していた。
デジカメだ。
「何してるんだい?」
とは椿。
「アルバイトです」
真理はポーズを決めながらそんな説明。
「?」
と椿が首を傾げるのも必然だ。
水月は無心でシャッターを切る。
二十枚ほど撮ってパソコンに吸い上げる。
「水月も慣れてきたね」
「まぁなぁ……」
今更だ。
それから水月と真理はパソコンをコタツ机に置いてカタカタと操作し始める。
真理はブログの更新だ。
「サーズの秋物可愛すぎ! 思わず買っちゃった!」
そんなタイトル。
神乃マリとしてブログにブランドの服を着てネットにアップ。
要するにネットアイドルとしての広告宣伝だ。
神乃マリが粋にブランド物を着こなせば、真似しようという輩が必ず出る。
水月にしてみれば、
「意味あるのか?」
と思っていた頃もあったが後日考えを改めた。
神乃マリへの広告依頼が絶えないのが客観的な証拠だ。
なおテレビコマーシャルと違って数千万単位の金銭を必要としない。
真理にアルバイト代を数十万払うだけで圧倒的な宣伝になるのだ。
これほど手堅い商売も無いだろう。
その上で真理は善人であるし尚且つ不老不死……即ち老けない。
ある種のアイドルの究極だ。
水月はそんな真理のブログにコメントを寄せていた。
椿に事情を話しながら。
「読者モデル的な?」
「似たようなもんだな」
そういうことである。
と、
「あ」
ポツリと真理が声をあげた。
「どしたの?」
とは椿。
「プロダクションから依頼が……」
夏にアルバイトでアイドルになったことのある真理である。
「なんて?」
「またアルバイトしてみませんか……って」
「まぁ答えは大体分かるが」
「面倒ですからね」
というよりイクスフェスの準備がある。
一応の猶予はあるが祭りの規模で考えれば、
「すぐ傍まで迫っている」
と言って過言ではない。
「なんかハニービーのファンたちの間で噂になってるんだって」
「何がだ」
「神乃マリっていったい誰だ? なんて……」
「ふむ」
水月はパソコンを弄る。
日本のサーバに飛んでハニービーに関して検索をかける。
ファンのブログを一つ見つけたが、そこではマーリンの存在について記してあった。
マーリン。
神乃マリのアイドルとしてのニックネームだ。
芸名自体は神乃マリである。
「あまりに可愛すぎ!」
「けれどあれから現れない!」
「ハニービーのライブでマーリンを見たら幸せになれる」
「出会う確率がガチャの星五つ並みらしい」
そんな噂が飛び交っていた。
特にハニービーのファンたちはブログで交流をし、幻のハニービーメンバー四人目……即ちマーリンの存在を探そうと躍起になっているらしかった。
まさか海上都市の魔法学校という果てしなく頭の悪い場所で馬鹿やっているとは思わないだろう。
「んで。反響が凄いからもういっそハニービーに所属しないかって」
「アイドルも大変だがスカウトも大変なんだな……」
水月は煎茶を飲みながらぼんやりという。
「謎のアイドルたるマーリンとは何ぞや?」
一種の旋風になっているようだった。
「とはいえこればかりは……」
しょうがない。
「何で?」
椿が問う。
「魔法検閲官仮説」
「?」
現代魔術に縁の無い椿はポカンとした。
おざなりに説明すると、
「なるほど」
と納得するのだった。
不死身の人間が記録に残るようなことをしてはいけない。
これは仮説の内に組み込まれているためどうしようもないのだ。
結局真理はお断りのメールを打った。
「アイドルに憧れている」
これは本当だ。
そうでなくばイクスカレッジでネットアイドルなぞしていない。
「色々面倒なんだね」
殺人鬼としては難しく考えられない程度だろう。
「面倒があれば殺せばいい」
それで完結するのだから。
水月の平和哲学と同質だが椿の本音でもあった。
それからネットサーフィンをしながら夜を過ごしていると、
「…………」
水月と椿が歓談の最中に押し黙った。
「どうかしましたか?」
真理が問うと、
「いや、まぁ」
「ヤバメな感じだよ」
お茶を濁す二人。
結界の存在を感知したのだった。




