祭りの気配11
「魔術も達者なんだろ?」
「まさか」
椿は苦笑した。
「役のお家と違って神秘の家系じゃないからね」
「酒呑童子との戦いは伝説だろ」
「酒で酔わせて殺したって言うのが史実だよ。どこに剣の理があるのさ?」
「それをいうなら先祖の八岐大蛇も同じ手段で殺されてるし……なぁ?」
「何が『なぁ』なの兄貴?」
「十束剣の信仰くらいは香取もしてるんだろ?」
「場所は違うけどな」
基本的に八岐大蛇は水害の象徴だ。
剣で治めるどうのではない。
もっとも神楽としての術式は組み込まれているため、再現は可能なのだが。
天ぷらぷらぷら。
「出来れば和刀を使って水月と闘いたいんだけどねぇ」
「あー、無理無理。いのちだいじにが俺の信条だから」
「そなの?」
「そして面倒な奴らは皆殺しが俺の平和哲学だ」
「どこら辺が平和なんだい?」
「俺の心がだな」
しれっと言ってのける。
今までもそうしてきたし、これからもそうだろう。
「君がそうならそうでいいんだけどね」
くっくと椿が笑う。
「先輩自身は平和主義者なんですけどね~……」
ラーラが言う。
そして真理が引き継ぐ。
「その環境がどうにかなるだけで」
要するに、
「トラブルメイカーだ」
と言っているのだ。
残念ながら水月に反論するだけの材料がない。
基本的に巻き込まれ型ではあるが水月の周りで面倒が起きるのは常だ。
アークが何を考えているかは知れないが、あまり賢明とも言えない。
元より全知全能はそれだけで凡俗に落ちるのだからしょうがない側面も有るが。
「兄貴じゃなきゃ死んでるぜ!」
忍としては自慢したいのだろうが、
「慰めにもなってねぇ」
が水月の思うところだった。
酒を飲んで天ぷらぷらぷら。
実際に夏休みで散々な目に遭ったのは忍が原因ではあるが、その忍と関係性を持っていた水月の因縁でもあるのだ。
ある種の試練なのか?
そう思わないでもない。
ヘラクレスとて試練を乗り越えた上で神として迎えられた。
水月が『これからしようとしていること』を世界が既に関知しているとすれば、そこまでの道程を描いていないと誰が言えるだろうか。
グランドデザインは全知全能の宿業だ。
「自己観測者だからどうとでもなる」
それも偏に事実の一側面ではある。
天ぷらを食べて酒を飲む。
閑話休題。
「で」
嘆息。
「次はどんな面倒事かね?」
とりあえず覚悟はしている。
忠告は馬九李から受けていた。
椿というジョーカーを切ったのは必然だ。
そっちについてはつまびらかに話してはいない。
というより水月自身さほど未来事象について説かれていない。
結局後手後手だ。
かと言って、
「魔王が出てくるわけでもなし」
そんな楽観論もあった。
少なくとも魔法検閲官仮説がある以上、魔法の存在が文明に浸透することはない。
魔王候補生の水月が頭を悩ます法則である。
後はアースセーフティか。
どちらにせよ配線工事では無いのだからマニュアル通りにやって正解を得られる類の命題ではないのだが。
基本的に魔王が文明に禍根を残すことは強制検閲の対象となるため不可能事だ。
第五魔王ヘレイド=メドウスがアンデッドを解き放って人類に災厄をもたらしたのは、規模的にまだ隠蔽可能であったことが大きい。
結果として人を襲うアンデッドの存在は通り魔殺人のニュースに紛れて文明の表舞台には立っていない。
その意図が何処にあるか。
水月は語らない。
不毛。
それもある。
哀惜。
それもある。
何より感傷があった。
かくある不死身の存在と知り合いであるため、色々と知らなくてもいい背景を聞いてはいたが、
「さいですか」
で済む話だ。
天ぷらぷらぷら
「結局何かはあるんだよな……」
馬九李の忠告(というには当人の声は弾んでいたが)に暗雲立ちこめる心情の水月ではあった。
「今から気にしてもしょうがないって!」
忍の楽観論は自負を基点にしているため説得力を持つ。
「兄貴が負けるはずもないし」
これは根拠不十分な妄言では無い。
神代の血統の忍自身を超える戦闘巧者。
名を役水月。
それ故の信頼ではあったが、
「何事も上手くいくとは限らないからな……」
水月はクイと酒を飲んでアルコールの吐息をついた。
「それについては僕も忍に同意だね」
椿が乙女っぽく笑う
「でっか」
水月の平和哲学とも決して相容れはしないわけでもないのだが。




