アンデッド05
コーヒーを飲み終えた後――水月はカップの中のコーヒーが四分の一ほどになると、そこに大量の砂糖とミルクを注ぎ込んで飲みほした――二人はしばし他愛ない会話をしながら時間を潰す。
夕餉の時間になると、水月は外食しようと提案した。
真理もそれを受理し、そろって宿舎を出る。
二人はモノレールを使って少し遠いイクスカレッジの南側の繁華街まで足をのばした。
「うわ、人がいっぱいです……」
「食うなよ」
「食べませんよ。私を何だと思ってるんですか水月は」
「一応のところアンデッド」
「だとしても人は食べません。私はヴァンパイアにもらった命で人間として生きていくって決めたんですから」
「それは重畳」
言いつつ水月は歩き、対向して歩いてくるチンピラじみた一団の一人と肩がぶつかった。
「あ、すんません」
軽い口調で謝る水月。
肩をぶつけられたチンピラ青年はそれで許したりなど、しなかった。
「おい、兄ちゃん。人にぶつかっといてちょっと謝罪がお粗末じゃないか? あぁ?」
水月の胸ぐらを掴みあげながらチンピラがすごむ。
「ごめんなさい」
今度は少々真剣に謝罪する。
下卑た笑みを浮かべるチンピラ。
「謝って済むなら警察はいらんじゃろうのう……!」
「じゃあどうしろってんだ」
「財布置いてとっとと去れ。それで許しちゃる」
「なんでたかだか肩ぶつかったくらいで財布とられなきゃならんの?」
「それが筋っちゅーもんじゃ」
変わらず下卑た笑みを浮かべるチンピラ。
と、別のチンピラが真理に狙いをつけた。
「可愛いねえ君。あの男の彼女? 俺らに乗り換えた方がよくね?」
そう言って真理を囲むように……実際に囲んでいやらしい目つきで話しかけるチンピラたち。
財布全額を強要し、その上連れの女性に粉をかける。
水月はどこかでプツンと何かが切れる音を聞いた。
水月の胸ぐらを掴んでいるチンピラの股間を思い切りの力でニーキック。
痛みに悶えるチンピラの肩に手を置くと、
「よっ」
チンピラの両肩の関節を外した。
「……っ……!」
混乱するチンピラの人中に一本拳をはなって気絶させると、真理を囲んでいるチンピラの仲間たちを排除しようとして……、
「…………」
その必要がないことを知る。
計四人のチンピラ相手に真理は大立ち回りをしていた。
チンピラの一人の頭を掴むと常識はずれの膂力でもう一人へと投げてぶつける。
二人そろって倒れたところに当身を打つ真理。
吼えて襲い掛かる残り二人のチンピラに正確にみぞおちを狙って蹴りを入れる。
うずくまったチンピラ二人の頭を掴むとその二つの頭どうしを思い切りぶつける。
口笛を吹く水月。
計五人のチンピラは痛みにうずくまって立ち上がれそうにない。
「意外と強いな」
そんな水月の批評に困った顔で笑う真理。
「オルフィレウスエンジンが修復してくださるから私は身体のリミッターを気にせず力を振るえるんです。ですから並みの人間には負けませんよ」
「そりゃそうだ」
納得する。
と、
「よくもやってくれたなてめえら……」
よろよろとチンピラの一人が立ち上がる。
「おや、一人タフな奴がいるじゃないか」
どこかとぼけたように言う水月。
「なめんじゃねえぞ……!」
立ち上がったチンピラは懐からナイフを取り出すと水月と真理目掛けて襲い掛かった。
「っ!」
「待て」
飛び出そうとする真理を押さえて、水月が一歩前に出る。
ナイフが突き出される。
そのナイフを握ったチンピラの手を蹴りあげる水月。
衝撃でナイフが垂直に空へと飛んだ。
「……え?」
呆然とするチンピラに、
「ぼーっとしてんじゃねえぞ」
忠告と同時に回し蹴りをくらわす水月。
その蹴りはチンピラの横腹にめり込んで、チンピラを吹っ飛ばした。
それから重力に引かれて落ちてきたナイフを手に取ると、水月は呪文を唱えた。
「――現世に示現せよ、前鬼戦斧――」
魔術の斬撃を飛ばす。
その斬撃はチンピラの手前のアスファルトに爪痕をつける。
「ひっ……!」
怯えた視線で水月を見るチンピラ。
「お、お前……魔術師かよぅ!」
「だったらなんだ? そっちから売ってきた喧嘩だろうキツネくん? というわけで死ね」
水月は右手をチンピラに向ける。
「――現世に示現せよ、迦楼羅焔――」
炎弾が水月の右手の手元から生まれ、弾丸の速さで撃ちだされる。
それはチンピラの……すぐ隣をかすめてアスファルトに着弾、爆発した。
轟音が周囲の人間の耳朶を打つ。
意識を保っていたチンピラもショックで失禁しながら気絶した。
「ま、こんなもんだろう」
そう呟いて、それから多数の視線に気づいて周りを見渡すと、道行く人たちが足を止めてこちらに注目していた。
水月は手元のナイフを気絶したチンピラに向かって放り投げ、真理の手を取って走り出した。
水月に手をとられて走り出す真理が言う。
「ちょ、逃げるんですか……!」
「警察に捕まると面倒だ」
周囲の人垣をかき分けて、水月は手近なショッピングモールへと逃げ入った。




