アンデッド04
後は雪崩式に事態が進行した。
水月の住んでいる宿舎の前にトラックが止まると神乃マリの生活家具や私物が運び込まれた。
そんなプライベート空間への進軍を呆けた気持ちで見つめる水月。
イクスカレッジは本当に神乃マリというアンデッドの監視を水月一人に押し付けるつもりらしい。
とはいっても水月自身はそこまで嫌がっているわけではなかった。
表面上不機嫌な表情を作ってはいたがアイドルと暮らすなどということに対して高揚感を覚えないほど健全でもないのだ。
引っ越しが終わって、それから一息つく役水月と神乃マリ。
「…………」
「…………」
沈黙。
後に神乃マリが水月に謝罪する。
「あの、申し訳ありません……」
「何が?」
「こんな急に押しかけるような形で……」
「いや、大丈夫。悪いのは全部上層部だから。課長部長えらい社長会長えらいってな。それにあの神乃マリと暮らせるなんて望外だ」
「あの、私、只野真理って言います」
「あ?」
「神乃マリはブログでのハンドルネームで、本名は只野真理っていうんです」
「真理って呼んでいい?」
「構いません……えと、役さん」
「俺の事も水月って呼び捨てて。そっちの方が気楽だから」
「あの……でも……」
「これからのためにも呼んどいたほうが後々楽だぞ」
真理は顔を赤らめて、
「み、水月……」
ほそぼそとそう言った。
頷く水月。
「ん。じゃあコーヒーでも淹れようか。ちょっと準備してくる」
「あの、お構いなく……」
「これから一緒に暮らすんだ。なるたけ気を使わない方向でいこう。それともコーヒー嫌いか?」
「いえ、そんな」
「じゃあ二人分作るから」
そう言ってテキパキとコーヒーメーカーを水月は起動させる。
しゅーっと湯気をあげるコーヒーメーカー。
「…………」
「…………」
沈黙の二人。
「あの……」
またしても切りだしてきたのは真理からだった。
「何?」
「こんな化け物と一緒に住まわされて問題にならないのでしょうか?」
「まぁ一般的には問題だわな」
「……ですよね」
落ち込む真理。
そこに水月は切りこんだ。
「でも俺と、となると話は変わるな」
「え?」
「俺は怪物性で言えばお前より上だから。ビレッジワンは無理にしてもお前くらいなら秒殺できるぞ」
「あのストパンでも有名なローレンツ先生をして勝てないと言わしめた役水月という存在は前々から聞いておりました」
「余計なことばかり聞きおってからに……」
「ご、ごめんなさい」
「いや、真理を責めたわけじゃない。つまり俺も十分化け物なんだってだけの話」
そう言ってコーヒーカップを二つ用意して、そこにコーヒーを注ぎ込む。
「真理、砂糖とミルクは?」
「いりません」
「そ」
そう言ってコーヒーの入ったカップを二つ、居間のテーブルに並べる。
それからキッチンに戻ると、大量のミルクと砂糖を持って水月は居間に現れた。
ちょっと引き気味の真理。
「あの、もしかしてそれ全部入れるんですか?」
「ああ、後でな」
「後で……?」
「気にすんな」
そう言って水月は、自分でもってきた大量の砂糖とミルクを無視してブラックで飲む。
真理もまたブラックで飲む。
「あ、おいしい」
「だろう?」
くつくつと笑う水月。
閑話休題。
「真理、お前さ、心臓の病で長くないって言われた時どうだった?」
「え……? そうですね。ショックでした。もうこれ以上生きていられないかと思うともったいなくて、でも享受するしかなくて……」
話しながらその時の絶望感を思い出したのだろう、目の端に涙を浮かべる真理。
「でも、そうして病院のベッドに絶望のまま寝転んでいると、昨夜ヴァンパイアが私の病室に舞い降りてきて言ったんです。人間として死ぬ気か? 私なら化け物として生きていく力を与えられるよ、と」
「それで、心臓の病の治癒と引き換えにアンデッドになってしまったってわけか」
「はい」
「人間の脳を食べたいと思うか」
「はい」
「食人衝動がなければアンデッドももうちょっと何とかなるんだがなぁ」
「……そうですね」
「…………」
そんな風に沈黙する水月に、
「いえ、なんでもありません」
目を逸らしてコーヒーを飲む真理。
「ま、とりあえず化け物同士仲良くやっていこうということで」
「水月も化け物……なの?」
「古典魔術師なんて化け物ばっかりだぞ、わりとガチで」
「もしかして私に負い目を負わせないためにそんなことを?」
「あ、ばれた?」
ふふっと笑う真理。
「ありがとうございます水月」
「なんのなんの」
そう言ってコーヒーのブラックを飲む水月。




