アンデッド03
水月は言葉を紡ぐ。
「まず世界に数あるマジックアイテムの中にチャーマーズアクチュエータという分類が存在してだな。これは構成不変の原則を骨子としたマジックアイテムの分類になる。《魔力の演算》の思考と同義の回路を搭載したマジックアイテムだ。これに魔力を注ぎ込めば魔術という出力を吐き出す……つまりそういうタイプのマジックアイテムだな。魔力を注ぎ込んで使うタイプのマジックアイテムの典型と言ってもいいかもな」
「チャーマーズアクチュエータ……」
「そ。で……オルフィレウスエンジンになるんだが……これが先に言ったチャーマーズアクチュエータに分類されるマジックアイテムで、同時にアンデッドの核でもある。ただしオルフィレウスエンジンはチャーマーズアクチュエータの中でも特異な例でな……《魔力の演算》だけでなく《魔力の入力》の回路も搭載している為、《魔力の入力》により永久に魔力を生み続け《魔力の演算》により永久に自己を修復する第一種永久機関となっている」
「第一種永久機関だと……!」
バシール議員の驚愕に、面倒くさげに吐息をつく水月。
「そう珍しいもんじゃないけどな。第一にして魔法が熱力学第一法則の否定だ。第一種永久機関くらい理論上簡単にできるぞ。ブリアレーオの法則がかかるから並大抵じゃ作れんけど」
そんな水月の言葉にうんうんと頷くヴァンパイア。
「まぁ使いようによってはエネルギー問題がひっくり返る技術を生み出していながら社会に貢献しようという気が全く無い辺りが魔術師らしい所業なんだがな……」
閑話休題。
「それで、そんな第一種永久機関オルフィレウスエンジンを持った不死身の存在をアンデッドと呼んでいるんだ。これがただ不死身なだけならいいんだがな。アンデッドは人を襲ってその脳を捕食する性質を持ってるんだな、これが」
「彼女……ヴァンパイアもその一人ということか」
「そ。ただしヴァンパイアはアンデッドの中でもビレッジワンと呼ばれる分類に入る特殊な存在だ」
「ビレッジワン?」
「第五魔王ヘレイド=メドウスが創った始まりの百体のアンデッドのことだ。こいつら……ビレッジワンはアンデッドの中でも規格外の戦闘力と驚異的な不死性を持っていてな。手の付けられない状況になっている。たしかヴァンパイア……お前ってバチカンが管理してるんじゃなかったか?」
「あはは~。勝手にバチカンを抜けてきたから始末書ものだよ。今頃向こうはてんやわんやだろうね」
「…………」
笑うところか、と思っても水月は口に出さない。
バシール議員が問う。
「では彼女は正確なヴァンパイアではないのか?」
ヴァンパイアが答える。
「あくまで私はヴァンパイアを模して創られたアンデッドだから本物のヴァンパイアとは違うわよ。触角しか備わっていないはずの皮膚をもって身体に当たる光の中から直射日光だけを選定して当たった身体箇所を灰に変換するとか、数ある形状材質の中で十字架やそれに順ずる器物のみを自動的に選定判別してそれが触れた箇所に熱傷を作るとか、どんな殺傷行為を受けても死なないのに銀の杭だけを自動的に選定判別してそれが心臓に打ち込まれたときだけ致命傷を負うとか、牙を突き立てて血を吸うっていうそれだけの条件で被害者の自我や記憶はそのままに身体の一切合財をヴァンパイアへと作り変えてなおかつ脳のプログラムに吸血衝動を書き加えるとか、そんな膨大で緻密で繊細なわりに自分に全く利益の出ない演算機能は搭載してないわ。そんなものはそれこそアークっていうスパコンを使った超演算が悪ふざけと暇つぶしにやる領域じゃない」
「「「「「…………」」」」」
誰に対しての皮肉なのかわからないヴァンパイアの言に沈黙する一同。
コホンと水月がわざとらしく咳き込む。
「で、俺は何で呼ばれたんだ?」
「それだ。役君……」
ケイオスが言う。
「ヴァンパイアの此度の目的は聞いたか」
「いや、一切」
はっきり答える水月の後に、ヴァンパイアが会話に割り込んできた。
「あのね。私、神乃マリちゃんを助けにきたの!」
「は? 神乃マリを……助ける……?」
「そ。神乃マリちゃんが心臓の病で長くないって聞いてね」
そういえばそんなニュースをブログで見たなと思いだす水月。
「私、神乃マリちゃんの激ファンだから。だからこのまま死なせるくらいならアンデッドにしてしまおうって思って……」
「わざわざバチカンから飛んできて神乃マリをアンデッドに作り替えたってのか……」
「作り替えたってのは正しくないなぁ。生み変えたって方が正しいかもかも」
「どっちでもいい。ていうことは今現在神乃マリは……」
アンデッドなのか、という言葉は言う必要がなかった。
水月が神乃マリを見ると、彼女は困ったような顔で笑って、それから会釈した。
そんな神乃マリが人を襲って捕食する様を思い描いて、うんざりする水月。
「それでだ。役君……」
「なんだ、ケイオス」
「問題はここからだ。アンデッドになってしまった神乃マリの処遇についてだ」
「ヴァンパイアと一緒にバチカンに行くんじゃないのか?」
水月がそう言うと、ぷくっとヴァンパイアが頬を膨らませた。
「そんなことしたら神乃マリちゃん隔離されちゃうよ。私は彼女がいつもの生活を送ってもらうためにアンデッドに生み変えたんだから」
「んなこと言われたってアンデッドに普通の生活って……誰が許すんだ?」
「許さざるを得ないのだ、役君」
「何で?」
「イクスカレッジの上層部が人質に取られた」
「…………」
一瞬、言葉を失う水月。
ヴァンパイアがどこまでもニコニコとしながら語る。
「神乃マリちゃんの自由な生活を侵害したら私、暴れちゃうよ」
語尾にハートマークを忘れないヴァンパイア。
バシール議員が水月に言う。
「おい貴様、魔術師なのだろう。アンデッドの排除はできないのか?」
「自分でやってみろボケ」
「な……!」
「それとも試しに金剛夜叉でも撃ってみましょうか? どうします? シンメトリカルツイントライアングル?」
「困ります」
シンメトリカルツイントライアングルの老人はポツリとそう漏らした。
水月は頭の頭痛が痛むのを抑えきれず、眉間を指でつまんだ。
「ええと……それで? 神乃マリの処遇は?」
「うむ。ある程度の自由はしょうがないとしても監視の必要は認められる」
「まぁさすがに放任するわけにもいかんしな。それで?」
「望ましいのは監視者がそのまま神乃マリがアンデッドとして人を襲った時のストッピングパワーとなってくれることだ」
「一理ある」
「そこでだ。これから神乃マリには役君……貴様と共にいてもらうことになった」
「…………」
この沈黙は水月のものだ。
そのまま一秒、二秒、三秒。
それから水月は吼えた。
「アンデッドと寝食をともにしろってか! それなんてエクストリームスポーツ!?」
「ある程度自由の身であり戦闘能力が高い。貴様が神乃マリの監視にはうってつけなのだ」
「いやいやいや。あのな……」
反論しようとする水月に、
「(それに役君、貴様、神乃マリのファンだろう? 彼女と一緒に暮らせるんだぞ?)」
声を小さくしてそう言うケイオス。
「う……」
口ごもる水月。
不覚にもちょっと魅力的かも、などと思ってしまったからだ。
思わず神乃マリの方を見ると不思議そうな視線を返された。
と、
「もしもし坊や?」
ヴァンパイアが水月に話しかけてくる。
「なに?」
「昨夜、私が創りだしたバスカヴィルの魔犬を殺したのは君でしょう?」
「まぁそうですが……」
「うん。それくらいの戦闘力があるなら大丈夫だよ。私が保証してあげる」
「保障されても……」
困り果てた水月に、シンメトリカルツイントライアングルの老人が言う。
「役先生、どうか」
シンプルかつ低姿勢の、それは命令。
「わかったよ。今更抵抗したところでどうなるわけでもないんだろ?」
「うむ、人生には諦めが肝要だ。ナイスな判断だぞ役君。ちゃんと神乃マリはコンスタン研究室に配属させるからそちらの心配も無用だ」
「心配してねーよ」
そんな言葉が水月の精一杯の抵抗だった。




