禁じられた御手02
「待った」
「なし」
「ううむ……」
特に急ぎの用事も無く。
ほのぼのと鞍馬山の異世界で紅葉を観賞しながら縁側にて将棋をしている水月と鞍馬だった。
他の道連れもお茶を飲みながらその成り行きを見守っている。
風雲急を告げるとはよく言ったもので厄介事は唐突にやってくる。
「長!」
鴉天狗が鞍馬を呼ぶ。
「何じゃ? いま小生は忙しいぞ?」
事実無根だが鞍馬の言葉に皮肉の成分は加味されていない。
偏に不死身であり、なお強大な通力を持ち、酒と詩を愛する日本の仙人。
暇を持て余すのも道理だが、それ故余所のことに頓着しない。
結果として将棋を指すこと自体を、
「忙しい」
とは鞍馬の本音である。
「鞍馬山が襲われております!」
「ほう」
将棋盤から目を離さず、なお駒の予測を立てながら鞍馬は話を促す。
「鬼が一鬼……我らの守護を粉砕してこちらへ」
鴉天狗も水月ほどではないが京八流を修めている。
その上で、鴉天狗の守護を意に介さない襲撃者が来たとのこと。
「無駄に死ぬな。何があったかは知らんが手に負えないならば手を出さなくて宜しい」
「しかし……!」
「鞍馬山に存在する命は全て小生のものじゃ。きさんも含めてな。無駄に死ぬことは小生が許さん。かく他の輩にも伝えい。小生が対処する故、手を出すな……とな」
「はっ!」
頷いて鴉天狗は鞍馬山の異世界から消えた。
現実の山に戻ったのだろう。
「さて、では迎えに参ろうかの。きさん」
と使用人を呼ぶ鞍馬。
「は」
「酒を用意せい。たっぷりとな」
「承りました」
「酒?」
と真理。
「鬼は酒が好きだからな」
これは水月。
「なんか日本のアークティアって酒にだらしなくなーいー?」
「否定は出来んな」
アンネのツッコミに水月は苦笑した。
「では行くぞ水月」
「俺もか?」
「きさんが原因じゃろう」
「恨まれることはしてないぞ」
「…………」
無言で鞍馬は忍を指した。
「なるほど」
納得せざるを得なかった。
要するに鬼がこちらを攻めてきた以上その根幹には布都の血統が関わっており、そして未来を見通せない水月が忍を此処に立たせたのが原因だと鞍馬は言ったのだ。
「だったら兄貴じゃなくて俺が!」
「いやぁ屋敷壊されても適わんしのう」
「だな」
それは水月も同意だった。
ことブレンドブレードは刀身十メートルが基本だ。
そんなものを鞍馬山やその異世界で振り回されたら周囲が纏めて更地と化す。
当然水月も発火や斬撃によって山を荒らすことかなわないため迦楼羅焔や前鬼戦斧は使えない。
とはいえ水月の場合、忍と違い戦い様は幾らでもあるのだが。
忍はと言えば、
「それなら」
と屋敷の日本刀を借りて腰に差した。
一応布都の御曹司であるためそれだけでも戦力には為るが、四鬼の内の残り二鬼が攻め入って来た公算が高いためどれほど活躍できるかは首を傾げざるを得ない。
とはいえ張本人であるため水月も鞍馬も止めなかった。
真理とアンネは戦力外であるため待機を命じられた。
真理はアンデッドであるため別段足を引っ張る類ではないが、やはり戦闘に対しての慣れが無いためお役御免だ。
攻性魔術(ぶっちゃけた話、水月の魔術をそのまま模倣したのだが)を覚えてはいるものの、子どもがナイフを持って誇らしげに胸を張る程度の役割でしか無い。
水月の強さは強力な魔術を覚えているからではなく、その魔術を効率よく行使できることに由来する。
単に刃物を持つだけで強くなれると誤認する真理でも無かったため戦力外通知は我がこととして受け止めた。
「はふ~」
アンネは元より我関せずだ。
「頑張ってねー」
真理と並んで紅葉吹雪の景色を見ながらまったり玉露を飲んでいる。
ともあれ、
水月と忍と鞍馬とで屋敷を出、鳥居のトンネルのゴール地点で客を迎えた。
鴉天狗が報告したとおり鬼が現れた。
鞍馬山を攻め入って防衛を任された鴉天狗を一蹴。
鞍馬の指示で異世界に招かれた異形。
「…………」
鬼ではある。
サラサラの黒髪の美少女。
その額からは輝かしい色の角が二本……生え出ている。
指の爪はギラギラと光り、万物を引き裂く様が容易に見て取れる。
目は血の色に染まり、なお血を欲しているように揺れた。
雅な和服を着崩しているが、それでも……、
「なるほど」
鴉天狗が敵いそうにもないと思えるほどの裂帛を表現している。
「ふむ」
と鞍馬が納得した。
「……っ!」
忍は刀の柄に手を添えて居合いの構えに入る。
そして、
「…………」
水月は顔を青ざめさせていた。
圧倒的恐怖。
深刻な心的外傷。
恐れが全身を支配する。




