アンデッド01
次の日。
水月は太陽が頂上に昇るのと同時にベッドから起き出した。
「ふわあ……うみゅみゅ……」
眠そうにあくびを一つ。
うーんと背伸びをして、それから意識を一段階覚醒させる。
「そういや昨日は……」
アンデッド……ヴァンパイアを相手にして、それからヴァンパイアが創りだした魔犬を相手にして、それから、
「ああ、そうか歩いて宿舎に戻ったんだっけか……」
そう思いだし、ベッドからのそのそと起き出す水月。
ベッドの端から目覚まし時計をとって時間を確認する。
「十二時ちょうどか。ちょっと寝すぎたな」
コキコキと水月は首を鳴らす。
後は反射的に体が動いた。
勝手に体が動いて意識を覚醒へと持っていく。
着替えを持ってキッチンに出向くと冷蔵庫の中に入ってる麦茶入りのやかんを取り出しコップに注いで一気飲み。
着替えを蓋の閉じた洗濯機の上に放ると、パジャマ等を脱いで風呂場へ。
比較的熱めのシャワーを浴びてさっぱりすると、シャツとトランクスを着て、もう一度麦茶を飲むと自室へ。
この段階でもう既に水月の眠気はどこへともなくさ迷って当分戻ってこなくなる。
自室に行くと同時に日本では有名な某お昼の番組をテレビに映し、それを鑑賞しながらぼーっとしていると水月の携帯電話が『愛しのクリスティーヌ』を高らかと歌いだした。
「なんだよ……全く……」
などと少々うざったく思いながらも携帯電話に手を伸ばす。
非通知だった。通話ボタンを押す。
「はい。もしもし?」
『おはようございます役先生』
「嫌味を言いたいだけなら切るぞ」
『セントラルタワーまでお越しください。以上です』
「嫌だといったら?」
『既にケイオス様もいらっしゃっています』
「ということは昨日の案件か……」
『察しの通りで』
「あの後何の連絡もなかったから安心してたんだがなぁ」
『ではこれで』
そう言って電話は一方的に切られた。
「毎度のことながら人の話を聞かない奴だ……」
水月は心の中で舌を出すと、空しくなってテレビの電源を落とした。
それから携帯電話を閉じようとして、ふとディスプレイを見ると多くの着信履歴が。
全てラーラからのものだった。
「うげ、そういやこっちはすっかり忘れてた……」
昨夜、資料を作りかけのままケイオスに引っ張られて、そのままだったことを今更ながらに思い出す水月。
天沼矛をこをろこをろと混沌に突き刺して混ぜたイザナギがこんな心情だったのだろうか、などと益体もないことを考えつつ水月はラーラの携帯に発信した。
コール一秒で電話はとられた。
『先輩!』
「よ、ラーラ」
どうせ資料作りのことでのお小言だろうと肝を据えて、軽快に返事した水月。
しかしラーラは、
『無事ですか!』
そんなことを聞いてきた。
「は? 無事って……何が……」
『先輩自身のことですよ! 無事なんですか!』
「まぁ無事っちゃ無事だが。なんでそんな心配?」
『だって……シンメトリカルツイントライアングルに呼ばれたって……』
ああ、なるほどね、と水月は悟る。
「別になんでもない案件だったぞ。不法侵入者の説得だけだったからな。それも逃げられたし」
嘘はつかず、しかして真実のいくばくかを伏せて説明する。
『じゃあ先輩は無事なんですね?』
「ああ。それよりだ」
『なんでしょう?』
「俺の資料作りの案件、どうなった……?」
『ああ、それですか? 先輩、帰ってこられないようだったから私が作っておきました』
「さすがだね。ナイスだね。デリシャスだね」
『貸し一ですよ?』
「何で返せばいいんだ?」
『今日デートしてください』
「あー、今日か……」
セントラルタワーに呼びつけられたことを思い出して水月は言葉を濁した。
「今日は無理」
『ではまた今度ということで』
「ていうかお前さ……」
なんであんなにキッパリと拒絶されといてそんなに前向きなんだ、と聞こうとして思いとどまる。
前向きじゃないかもしれない。
傷ついているかもしれない。
軽々しく触れるべきではないのかもしれない。
そう思って水月は言葉を止めた。
『はい。なんでしょう?』
「いや、なんでもね。今日は研究室いけないかもしれないから。それだけ」
『何か事情が? 今日は必須単位がありますよ』
「いいよ。俺の場合別に受けてもしょうがないしな」
『魔術師になりたい学生にしてみれば嫌味ですよ、それ……』
「まぁその辺は考えない方向で。お前はちゃんと講義行けよ」
『それはもう……』
「じゃ、俺用事があるから切るぞ」
『はい、では、また……』
プツっと通話を切る。
「はあ……。めんどくさいけど行くか。シンメトリカルツイントライアングルに呼ばれちゃなぁ……」
やれやれと頭を掻くと、水月はシャツを脱いだ。
それからワイシャツを着て、スーツのパンツを穿くと、首にネクタイを巻く。
姿見でそんな自分自身を確認すると、
「よし……!」
財布と携帯と鍵を持って宿舎を出た。
「いってきまーす」
誰もいない屋内にそう声をかけて施錠する。
目的はセントラルタワー。
それは既にして水月の視界に納まっていた。




