誰にも優しく愛に生きる人02
そしてコミマ三日目。
「水月」
と真理が言う。
「なんだかここで金剛夜叉を撃てば世界平和に貢献できそうな気がしませんか?」
「強制検閲で俺が死ぬ」
しょうがないことではある。
魔術は公には披露できない。
魔術師の機密主義とはこの際関係ない。
地球に定まったルールである。
「お盆に先祖を放っておいてこんな所に集まる不埒者がこんなにいるとは」
「勇者だって魔王を倒す旅に出たのに初志を忘れて途中でパフパフしたりするだろ」
「そういう比較はどうでしょう?」
とりあえず同人誌を買うわけでもなく、空気を楽しむ水月と真理だった。
企業ブースでは水月の嗜むエロゲ会社のソレがあって、それだけでも水月は、
「来て良かった」
と云った具合だ。
基本的にさくらの代替品ではあるが、エロゲのヒロインは水月にも魅力的に映るらしい。
こと絶世の美少女であるラーラや真理が同じ研究室に居るのにエロゲをしている辺り救い難い性格だ。
卑下する水月でもないが。
熱い中を歩きながら色々と見て回る。
先述したが買い物はしない。
荷物がかさばるため面倒だという理由も一部にはある。
時に新作の格ゲーの参加型イベントに出たり(水月はあっさり負けた)。
あるいは同人誌を立ち読みしたり(真理が辟易していた)。
コスプレイヤーをスマホで撮ったり(パンツが見えた)。
そうやって回っていると、客の流れの中でスッと水月が立ち止まった。
スッと目が細められる。
「どうかしましたか?」
真理が尋ねる。
「あー……」
呟いて、
「真理」
「はい」
「荷物持ってろ」
軽いバックを真理に預ける。
「トイレですか?」
「ちと結界に潜る」
「っ!」
それだけで真理も覚った。
「ご無事で」
「俺はそうだろうがな」
そしてフツリと水月が世界を超える。
一瞬で消えた水月だったが真理以外の人間は全く気づかずコミマを楽しむのだった。
*
結界の中。
基本的に風景は同じだ。
ただしこっちには人がいない(というと語弊があるが)。
さっきまでの喧噪と比較してあまりの静寂。
とりあえず心眼を使って状況を把握。
「外か」
そんな結論。
だいたいコスプレの会場になっていたところだ。
人混みも消え失せたためスルリと外に出ると、
「うわぁ」
脱力した。
魔法検閲官仮説が働くためアークティアの類は結界や異世界に潜む傾向にある。
あるいは人の目の届かない場所か。
アンデッドや吸血鬼が街を徘徊するのはあくまで人と見分けがつかないからだ。
さて、その上で此度の結界は魔法生物の類だろうとは思っていた。
が、水月が外に出たときには既に決着がついていた。
衝撃が水月の全身を叩く。
後に爆音。
そして地面に蜘蛛の巣状のひび割れが大きな半径で奔る。
強烈な衝撃によって魔法生物ごと地面を粉砕したのは見て取れた。
殺されたのは鬼。
日本では普遍的な害的幻想種。
時折フラリと現れては人に害を為して殺される。
魔術師に討伐されるが定めの悲しい宿命を背負っている。
で、巻き上がった粉塵が薄れて消えると、そこには一人の少年が立っていた。
黒髪黒眼の純粋な日本人。
水月に負けず劣らずの美少年である。
どちらかと云えば中性的な魅力は加点対象。
少年ながらに色気のある甘いマスク。
年齢としては水月より年下の印象。
幼いわけではないが思春期の盛り程度の年齢ではある。
中学生と見て間違いない。
というより中学生だ。
水月の年月の計算が正しければ……ではあるが。
少年は規格外だった。
持っているのは一つの剣。
剣……と言って良いのかどうかはこの際議論に値する。
第一としてソレは刃物では無かった。
あえて言うのなら三角柱。
鋭い鋭角を持つ真っ直ぐな二等辺三角柱が刀身だった。
第二としてその三角柱の刀身の背……鈍角二つに挟まれた一辺に複数のブースターが縦一列に並んでいる。
例えば剣を掲げて振り下ろす際にブースターの加速があれば圧倒的破壊力の具現が期待できそうな……そんなブースター。
第三に大きさが有り得なかった。
ブースター付き三角柱は刀身が水月の目算と記憶の通りに十メートルもあって、柄を握っている少年とのアンバランスがこの際致命的だ。
平均的中学生の身長と十メートルの刀身を持つ剣とではあまりに収まりが悪い。
本来なら巨大ロボットが持ってそうな勢いの大きさである。
「大和……」
ポツリと水月は呟いた。
少年の持っている剣の名だ。
水月はよく知っている。
少年も含めて。
「布都……忍……!」
黒髪黒眼の美少年……布都忍の名を呼ぶ。
布都忍。
それが少年の名だ。
呼ばれた少年は、水月を見る。
黒い瞳孔に水月の姿が映るとキョトンとして、それからパァッと顔を輝かせた。
「兄貴!」
まるで懐いた子犬のように幻の尻尾をパタパタ振って忍は水月の傍まで駆け寄った。
「兄貴もコミマ来てたのか!」
「久しぶりだな忍」
水月は、
「兄貴」
と呼ばれたことに違和感を覚えない。
忍にそう呼ばれて親しまれているのは水月にとっては常識だ。
「鬼はお前が退治したのか……」
「というより俺を狙ってたのさ」
「だろうな」
水月は苦笑。
「で」
と忍が手に持っている三角柱を指す。
「それは何の冗談だ?」
大剣……名を大和。
「海を断つ剣……大和だぜ!」
合っているらしかった。




