日本の熱気08
それから特訓が始まった。
学業を停止しているため暇は腐るほどある。
ハニービーのライブのラストナンバーの曲を歌い、踊りを覚える。
アイドルが華麗に踊る様は素敵だが、体操服で練習しているところを見ると色々と幻想が破壊される。
一応付き人としての水月の心情がソレだ。
生来のモノだろう。
真理は歌が上手かった。
踊りの方もアンデッドとしての運動能力が補助するおかげで覚えが速い。
指導する講師の檄はキツかったが、真理にとっては、
「ああ、関係ない世界だ」
との認識を得るに必然だった。
とはいえアルバイトも立派な仕事。
疎かにするわけにはいかない。
練習部屋の壁と一体化している鏡を相手に歌って踊って駄目出しされる。
そうやって体に仕事を刻みつけていくのだ。
大輪の花々を咲かせるには牛糞が必要だと云うが、まさに今の真理だろう。
水月はアンデッドである真理から目を離せないため同行しているが、中々に退屈な居場所と云えた。
音程。
リズム。
チームワーク。
ソレらを求められながら仕事をこなす。
「真夏のかんかん照りの中でデスティニーランドのキャラの着ぐるみを纏う職人と何処が違うのか?」
そんなことを思う水月。
とりあえず黙ってはいるが。
休憩が入るとスポーツドリンクを飲みながら真理が水月の横に座った。
「疲れました」
「アンデッドが何を言う」
「形而上です」
「気持ちは想像出来るがな」
水月の減らず口も衰えはしなかった。
「にしても」
これは水月。
「テレビの中でのアイドルの華やかさと乖離してるなこっちは」
「ですよねー」
真理も同意見らしい。
小さなライブハウスでのイベントだというのに練習量は怒濤のソレだ。
ちなみに練習場には水月と真理……それから講師以外にもハニービーのかしまし娘が存在していた。
とりあえずラストナンバーの打ち合わせは終わったので真理には休憩が言い渡されたが、ハニービーの面々は別のナンバーの歌と踊りを突き詰めている。
「何が楽しいんだろな?」
水月はそんなことを思う。
元より名誉欲や見栄に疎い。
応援されてること。
テレビに出ること。
脚光を浴びること。
スターになること。
それらの栄光が練習の厳しさと等価交換とは思えなかった。
別にアイドルに限った話でもないのだが。
「水月は一々皮肉屋ですね」
真理は首に掛けたタオルで汗を拭きながらそう言う。
「まぁ色々と幻想は崩壊するよな」
アイドルの裏事情。
客を喜ばせることは全ての商業に通ずるが、
「で?」
としか水月には言えなかった。
「神乃さん。合わせますよ」
講師が真理を呼び戻す。
それからハニービーと真理を含めた四人でライブのラストナンバーの踊りを擦り合わせる。
水月はソレをボーッと見ていた。
だいたいそんなことをしていると、
「ねぇねぇ。役さん……でいいのかな?」
ハニービーの三人が休憩中に水月に話しかける。
気持ちは分からないでもない。
水月は日本の魔術情勢が確約した絶世の美男子だ。
当人は真理の付き添い程度でしかなかったが、
「格好良いあの人」
とハニービーは捉えたらしい。
水月にしてみれば、
「はた迷惑だ」
程度のことではある。
「真理ちゃんの彼氏?」
「マネージャーだ」
「ええ、じゃあうちらにもチャンスあったり?」
「アイドルは恋愛禁止だろ」
「バレなきゃいいし」
「色々と瓦解するな」
水月の嘆息。
「ライブ終わったら一緒に打ち上げ行こうよ」
「経費で落ちるし」
「それがいい」
中々アグレッシブな三人だった。
「面倒」
明鏡止水。
さざ波も立たない水月の心である。
今も心が出血しているため別の女子の誘惑は有象無象だ。
アイドルに言い寄られても淡泊な返事しか出来ない。
真理の方もソレは理解しているらしい。
練習の方も何とか形になってきて真理は曲と踊りを効率よく対処するに至った。
時間はまだまだあるが、
「ま、因果な商売だな」
そんな水月の云うとおり誰もが足掻く市場なのだ。
結論を言えば、
「それでいいのかお前ら」
と疑問を覚えたりもするのだが。




