もしも源義経がエクスカリバーを握ったら15
なお厄介なのは義経が魔力の入力を必要としないことである。
疑似斬撃とはいえ斬撃は斬撃。
火傷を覚えた幼児が熱していない火箸に触れて水膨れを発生させるという実験結果はこと有名である。
一つの物理斬撃はエクスカリバー。
他六つの疑似斬撃は幻想。
しかして疑似斬撃は感覚的に肉体に斬撃を認識させる。
結果として実質的に七つの斬撃を具現する魔術と言える。
が、疑似斬撃であろうと、
「現象」
には相違ない。
空間隔絶の前には七星も防がれた。
「ほう」
と唸ったのは義経。
「物理斬撃だけでなく疑似斬撃も防ぐか……」
「そう言う魔術なもんで」
水月は、
「――前鬼戦斧――」
と間断なく呪文を唱える。
が、
「――空翔――」
と義経も呪文を唱える。
水月から少し離れた場所に義経は転移した。
「面倒だなぁ」
「そう言わせる実力を水月が持っているということだ」
苦笑する義経。
「それでもな」
水月は嘆息するほかない。
「さて」
と義経。
「このままでは徒労ぞ?」
「だな」
水月にも異論は無かった。
「水月との相手は心躍るがこのままではな」
義経はそう云う他なかった。
「次で最後だ」
水月はそう宣言した。
「ほう?」
義経は、
「興味深い」
と眉をひそめる。
「いくぞ……っ!」
超神速。
同時に、
「――迦楼羅焔――」
と焔の迦楼羅を放つ。
牽制……というより義経に空翔を使わせるための囮だ。
銃弾より速く襲いかかる熱塊に物理的に避けることを諦めた義経は水月の狙い通り、
「――空翔――」
と呟いた。
次のマジックトリガーは同時だ。
「――千引之岩――」
「――七星――」
水月の背後に現れた義経は七つの斬撃を放つ。
剣閃は弧を描くためどうしても威力を得るためには迂回せねばならない。
水月はそこにつけ込んだ。
三角屋根のように千引之岩を展開して七星を防ぐ。
同時に斬撃を障壁に防がれて隙の出来た義経の腹部にトンと軽く拳を接させる。
寸勁。
別名ワンインチパンチ。
ただし水月が使えば怖ろしい殺戮技術と相成る。
「っ!」
とっさの瞬発思考で超神速を起動。
後方に逃げようとした義経の判断は最適解だ。
ただし……義経のすぐ背後に魔術障壁たる千引之岩が展開されていなければ、だが。
趨勢は決した。
水月の零距離武魔術……、
「金波羅華」
が起動する。
魔力の入力は必要ない。
魔力の演算は寸勁という形で為されている。
その威力は三十ミリの砲撃と同義だ。
まともに人体が受ければ、
「撃ち貫かれる」
程度では済まない。
文字通りの挽肉と化す。
そしてその通りになった。
義経は金波羅華を受けて背後の魔術障壁に無残な血と肉のバラバラアートとして彩られてしまったのだった。
見る者が見れば吐瀉する光景だろう。
水月は人の死に触れすぎているため特に感慨はわかなかったが。
が、それも一瞬のこと。
エクスカリバーが義経を瞬時に再生させる。
「どうやら本気で義経が気に入ったらしい」
と水月は嘆息する。
さもあろう。
エクスカリバーの全方向光投射……不可視結界は扱いが難しい。
心眼を使える義経であるからこそ十二分に力を発揮できるのだ。
剣を極めた結果、剣を手放した水月には無理な相談である。
後は口八丁。
「一本だな」
水月は首をコキコキと鳴らしながら言った。
「ああ、水月の勝ちだ。弟弟子にしてやられるとは。小生も衰えたと言うことか」
「逆だ」
「逆?」
「むしろ進歩したから後れを取ったんだよ」
「どういう意味かな?」
「空翔はもともと黄泉から脱出するために会得したんだろ? つまりまだ覚えたてほやほやって訳だ。要するに能力を使い切れていない」
「どういう落ち度か助言をくれないか?」
「何度も何度も空翔で背後取ってりゃ次に空翔を使ったら確実に背後に来ることが敵にバレるだろうが」
「なるほど。即ち空翔に対する意識の低さを突かれたということか」
実際その通りである。
義経は空翔で水月の背後をとり続けた。
即ち水月にしてみれば、
「現れる場所が固定されている」
と云うことに相違ない。
「で、負けた小生はどうすればいい?」
「別段兄弟子を蹴落としたいわけじゃない。あんたが弁慶との約束を守って永遠を得たいというのならそれも良いさ」
「?」
と義経。
「小生からエクスカリバーを取り返すのではなかったのか?」
「取り返す……ってほどでもないな。少しだけ貸してくれ。ちとエクスカリバーの特性を必要とする奴がいる」
「ふむ。それで水月が納得するならさもあらん」
命を賭けて実現してくれた弁慶との約束を反故せずに済むのなら義経としても叶ったりではあるのだ。




