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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
生死とは何ぞやと鬼の問う
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変わる日常04

 満点の星空の下。


 ケイオスの運転するバイクの後部座席に座って、イクスカレッジを東に進みながら、水月は現状確認を求めた。


「で、いったい何なんだ、今回の件は」


「上から聞かなかったのか?」


「不法侵入した手合いがいるとかってだけ聞かされたな」


「だいたいそれであっているぞ」


「警察の仕事じゃねーか! なんで俺に話が回ってくるんだよ!」


「相手が魔術師だからだ」


「っ!」


 さらりと言ったケイオスの言葉に、表情を硬くする水月。


「魔術師がなんでイクスカレッジくんだりまで……」


「さぁな。さんざんの勧告にも応答しない。相手の意図は全くの不明だ」


「ちっ……めんどくせぇなぁ」


「そう言うな。こういう時のための役君だ」


「きっぱりと不本意だ」


 そう言ってる間にもバイクは真夜中の大通りを走り、そして水月とケイオスの視界の先にパトカーの赤いランプがいくつもチカチカと踊っていた。


 水月が呟く。


「あそこだな」


「先に断っておくが対象を殺すなよ」


「まぁ気にとどめてはおくさ」


「…………」


 答えないケイオスが何を考えているのかは水月の位置からは推し量れない。


 そうこうしている間にも、いくつかのパトカーとそこから少し離れた場所で犯人らしき人間を十二分に間合いをとって取り囲んでいる警察官へと近づく水月とケイオス。


 円周上に取り囲んでいる警察官らの中心で、犯人と思しき人間は警察官の一人を捕食していた。


「おえっ……スプラッタ」


 思わずといった様子で水月が口元に手を当てる。


 犯人の周囲には明らかに死んでいると思われる警察官が数人倒れている。


 その内の一人の……その脳を、犯人は食べていた。


 皮膚を食い破り、神経を食い散らかし、頭蓋を食い砕いて、人間の脳を胃袋に収めようとしていた。


 食人している犯人を警察官らが取り囲んでの妙な均衡状態を察して、ケイオスが手近な警察に状況の説明を求めた。


「これはこれは……! ローレンツ先生……」


「状況は? あれは何だ?」


「わかりません。対象はいきなり人を襲って食いだして……助けようとした複数の警官が返り討ちにあって……」


「つまり……だ……」


 水月が補足する。


「あそこで人を食べている女が周囲の警察官を殺したわけだ。同僚を助けに行こうとすると殺される。かといって犯人をみすみす逃すわけにはいかない。で、この均衡状態と」


「……はい」


 水月の補足に頷く警官。


「なるほどね。シンメトリカルが俺を呼ぶわけだ」


 あーあ、とため息をついて水月はケイオスのバイクを降りた。


 それから手近な警察にむかって言う。


「ここにいる警察を避難させろ。あとは俺とケイオスだけでやる」


「し、しかし……!」


「私も役君に同感だ」


 ケイオスも賛同する。


「一般人ではどうにもならん。余計な犠牲を出すだけだ」


「はあ……」


 しぶしぶと言った様子で警察は無線にその旨を伝える。


 警察官らはどこか安堵の表情で場を離れていく。


 後に残されたのは水月とケイオス、それから死体の脳をむさぼっている犯人だけになった。


 水月は犯人へと歩いて近づく。


 血の匂いが水月の鼻孔をくすぐる。


 犯人は二十代前半の女性だった。


 赤みがかったロングヘアーに整った横顔。


 黒いマントを羽織っている。


 それ以上はアングルの関係で水月にも服装の仔細はわかりかねたが身を包むような黒いマントに「ドラキュラのイメージだな」と水月は思った。


 女性はまるでよだれのように口の周りを血でベタベタにしながら一心不乱に死体の脳を食っていた。


 警察が取り囲んでいたのも、その警察が引いていったのも全く気にせず、ただ一心不乱に。


 水月は「ふむ」と腕を組んで、


「どうする、あれ?」


 と、ケイオスに尋ねた。


「どうするも何も逮捕するしかあるまい」


「お前もわかってるだろ? あれ、魔術師どころかアンデッドだぜ?」


「……まぁ……な」


「とりあえずはコミュニケーションか……」


 そう言って、水月は、


「おーい」


 と人の脳を食い貪っている女性に声をかけた。


 女性は死体の脳を嚥下して水月を見る。


 キョトンとした瞳で水月を見て、それから聞く。


「私?」


「そう、あんた」


「何よ?」


「とりあえず口の周りの血を拭け」


「ん、ああ、そうね」


 納得して女性は自らの黒マントでゴシゴシと口の周りの血を拭いた。


「それで何よ?」


「ああ、なんだ……その、つまりだな……お前、何しにイクスカレッジまで?」


「秘密」


「おとなしく捕まってもらえんか?」


「無理」


「名前くらい聞いてもいいか?」


「ヴァンパイアって呼ばれているわ」


「ヴァンパイア? まさかビレッジワンのヴァンパイアか?」


「あ、知られてたの。照れるわ」


 えへへ、とさっきまで人の脳を食べていたとは思えないいじらしさで笑うヴァンパイア。


 水月はケイオスの胸ぐらをつかんで抗議した。


「おい! 相手がビレッジワンだなんて聞いてねえぞ!?」


「私も今知った。しかたあるまい」


 しれっとケイオス。


「どっちにせよ……」


「強行的に捕まえるしかないってことか……」


 ケイオスと水月は態勢を低くして構える。


「へえ?」


 そんな二人を、挑発的な目つきで見つめるヴァンパイア。


「私に挑もうっての? 無謀か勇気か知れないけど……いいじゃん」


 ヴァンパイアはニヤァと嫌な笑みを浮かべる。


「――現世に示現せよ――」


「――EvangelOf――」


 魔力の入力。


「――迦楼羅焔――」


「――Haborym――」


 魔力の演算。


 そして出力。


 水月の右手から炎弾が生まれると、それは弾丸の速度でヴァンパイアめがけて飛び、着弾と同時に炸裂する。


 ケイオスの右手から炎の濁流が生まれると、その濁流はヴァンパイアを呑みこみ凌辱する。


 轟音。


 爆発。


 チリチリと熱風が水月とケイオスの肌を舐める。


 ヴァンパイアの頭が跡形もなく吹っ飛び、全身が黒こげになった……と、次の瞬間にはその全ての傷が再生していた。


 吹っ飛んだはずの頭部さえ綺麗に再生する。


 ヴァンパイアはにっこりと笑った。


「それくらいじゃ死んであげられないわねぇ」


「うわあ……」


 あまりの非常識さに口をあんぐりと開ける水月。


「すまんケイオス……勝てる気がしない」


「奇遇だな。私もだ」


 ヴァンパイアは赤毛のロングヘアーをゆらゆらとゆらしながら「へえ~」と感心の吐息を吐いた。

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