変わる日常03
日がとっぷり沈んだのも遠い時間。
夜中の零時、コンスタン研究室で水月は資料作りに励んでいた。
『魔術師ナツァカの記した魔術統一理論仮説はいわゆる類感呪術、感染呪術というくびきからの解放であった。これは後の新古典魔術の隆盛による古典魔術の否定により強固なものとなるはずであったが、その新古典魔術ですらが類感感染呪術という思考の檻に閉じこもっており……』
と、そこまで書いてから水月はキーボードの手を止めた。
「…………」
しばし沈思黙考、後にため息、
「ダメだ。やる気でねぇ。無理」
水月はナツァカ魔術史の資料作りを諦めた。
某巨大匿名掲示板のブラウザを開いてスレのチェックを開始する。
「お、神乃マリ追悼スレがたってやがる」
カチカチとクリックして神乃マリ追悼スレを開く水月。
「お祭り騒ぎだな。俺も参加しようっと……」
水月はキーボードで文章を打ち込み、投稿する。
たちまちスレはレスでいっぱいになり、次のスレが立つ。
と、
「あーもうっ。何やってんですか先輩!」
ラーラが目ざとく水月のサボリを発見した。
水月は簡潔に、
「レス」
とだけ返す。
「掲示板に書き込みする余裕があるなら資料作ってくださいよ!」
「無理。もう日またいでるし。お前作っといて」
「先輩の仕事でしょうに!」
「誰がやっても関係ないって」
だるそうにそういう水月の、携帯電話が『愛しのクリスティーヌ』を歌いだした。
非通知だ。
「誰だ、この忙しいときに……」
「サボってたのに何言ってるんですか……」
ジト目のラーラを無視して水月は電話に出る。
「もしもし?」
『役先生。任務です』
まるで生気を感じられない声が応答した。
「お前かよ……」
その声を水月は知っていた。
「お前が出てきたってことは何か厄介事か」
『そうです』
「無理」
『イクスカレッジに不法侵入した手合いがいます。対処をお願いします』
「おーい、こっちの意向は無視か」
『くわしいことはローレンツ様に聞いてください。では』
「おーい。聞けよ」
水月の言葉を一切無視して電話は切れた。
ラーラが首を傾げた。
「誰からの電話だったんです?」
「上から」
「上ってもしかして……」
「シンメトリカルツイントライアングルから。ごみ処理をしろってさ」
そう水月が言った瞬間、
「役君ーっ!」
ケイオス=ローレンツがコンスタン研究室に飛び込んできた。
「早いねケイオス=ローレンツ」
「事情は上から聞いているな役君! 行くぞ!」
「無理」
水月は端的に拒否した。
「今ちょっと某掲示板の神乃マリ追悼スレがお祭り騒ぎになってるから。パソコンから離れられない」
「またお前はそういう……」
「というわけでケイオス、お前だけで頑張って」
「貴様、命を握られてることをわかって言ってるのか?」
「知ったこっちゃねえな」
「それでも聞かないなら貴様のパソコンのDドライブをjpgで検索し、その一覧を鯨幕にするが?」
「ぶっ!」
さすがに吹き出す水月。
「そりゃないんじゃないの!? やって良いことと悪いことがあるだろ!?」
「貴様の先刻の一件はやって良いことなのか?」
「……たいしたシビリアンコントロールですこと」
しぶしぶながら水月は折れた。




