ヴァンパイアカプリッチオ11
その日の夜。
「大変なことになったね……」
リザが憂うように言った。
「リリィ=ヴァン=ヘルシングと決闘なんて」
「知ってるのか?」
水月が尋ねる。
首肯するリザ。
「たびたびレギオンの間引きに参加して多大な功績を挙げてる威力使徒。特に対第三真祖へのジョーカーとまで言われてる使徒だよ」
「へぇ」
「裏ロンドンの名物使徒ってことで有名」
「まぁヘルシング卿じゃな……」
「勝てるの?」
「まぁなんとか」
「威力使徒の武装は知ってる?」
「ま、こっちにも色々としがらみがありまして」
わざと丁寧語で皮肉る。
「あのう」
と真理が挙手。
「何だ?」
「威力使徒って何?」
「うーん。パス」
水月は説明が億劫だったのでリザにパスした。
リザはと云えば快く引き受ける。
「えーと、教会協会って知ってるかな?」
「…………」
首を横に振る真理。
「教会を監督する協会。もうちょっと突っ込むなら教会の互助団体」
「?」
と真理。
「教会には派閥があるよね?」
「途方もなく」
旧約。
新約。
東方。
原理主義。
異端。
数え上げればきりがない。
「それらの上位存在と捉えて良いかもね」
穏やかにリザは言葉を紡ぐ。
「つまり教会同士の派閥や垣根を越えて教会全体を統括支援する団体を教会協会って言うんだよ」
「教会そのものを……」
「内輪もめには興味を示さないで、各地に教会の教えを広く知らしめるための団体で、要するに教会における対外的な運動をする協会」
「あの使徒もその一人と?」
「そう。ただし威力使徒はちょっと普通の使徒とは毛色が違うんだな」
「どう違うんです?」
「教会協会の使徒は異教徒に教会の教えを説くために存在する。これはいいかな?」
「ええ」
「威力使徒はその名の通り威力を以て教会の教えを布教する」
「ええと……つまり……?」
「力尽くで異教徒を信徒に変えるための使徒ね。特に『異教徒は教えの途中で殺しても構わない』とまで突き詰めた暴力的な使徒」
「無茶苦茶だよ」
「教会協会には教会協会神威布教広報特務組織所属異教殲滅本義会設武装士団っていう組織が存在するの」
「きょうかいきょうかしんいふきょうこうほうとくむそしきしょぞくいきょうせんめつほんぎかいせつぶそうしだん?」
「良く出来ました」
ぱちぱちと拍手を送るリザ。
「通称《神威装置》。威力使徒はそこの所属。異教殲滅本義の名の通りに異教を殲滅することを第一義とする過激な集団」
「その人たちって頭大丈夫なんですか?」
魔術師の言葉ではないが、言ってることは正論だ。
神威装置の威力使徒。
十人の魔術師に聞けば十人が怯える異教廃絶主義者である。
「真理は喧嘩売るなよ」
これは水月。
「何で?」
「天敵だから」
特に何でもないように言ってのける。
「天敵」
「神威装置の威力使徒は基本的に二つの武装をしている」
「二つ……武装……」
「武装士団つったろ?」
「長ったらしい名前でうろ覚えですけど……」
「一つは加護装束。攻性魔術という概念を排斥する対魔術防御に特化したカソックだ」
「先の使徒が着ていたカソックですか?」
「ああ」
「魔術を防ぐってどこまで?」
「とりあえず攻性魔術ならある程度は無力化するな」
「金剛夜叉も?」
「さあ? どこまで丈夫に出来ているかは俺も知らん」
「じゃあ殺すつもりのない魔術じゃ意味ないんじゃ……」
「そういうことだな」
「勝てるの?」
「やり様は幾らでもある」
少なくとも大言壮語の類ではない。
「で、もう一つが仮想聖釘。こっちがヤバい」
「かそうせいてい……」
「聖釘は知ってるか?」
「キリストを磔にした釘でしたっけ?」
「そ。仮想聖釘はその流れを汲んでいる」
「と云いますと?」
「一種のチャーマーズアクチュエータだ」
「どんな効果を?」
「魔力を吸収して刺した相手に致命傷を与える」
「?」
「ってなるよな」
分かってる。
そう苦笑する水月だった。
「チャーマーズアクチュエータとは何でしょう役先生?」
これはザナドゥー。
リザの瞳も同様の疑問を差し向けていた。
「構成不変の原則に則ったニューロンマッピングと同等の形相を持つマジックアイテムの一種だ。魔力を吸収して魔術を吐き出す典型的なマジックアイテムだな」
「?」
とザナドゥーとリザ。
「新古典魔術師は知らんで良い」
そこで議論を打ち切る水月。
「つまり仮想聖釘は魔力を吸収して致命傷という魔術を吐き出す。当然魔力を喚起させている魔術師に突き刺せば、その魔力を吸収して魔術師自身に致命傷を与える」
「ってことは……」
「お前様の危惧の通り」
両手の平を差し出す水月。
「あう」
自身がどれほどの危機にいるのかようやっと自覚したらしい。
身震いする真理だった。
「まぁアンデッドはそれでも死なないから問題ないっちゃないんだが、ヴァンパイアに頭を下げるのが俺になるからなるたけ命は大切にしてくれ」
「あいさー」
敬礼。
「さて」
水月はパンと一拍して、
「じゃあ解散」
と云った。
「もう?」
「風呂に入る」
「一緒に入る!」
乙女たちは案の定暴走した。




