ヴァンパイアカプリッチオ09
「レギオン……」
「一種の異世界だ。裏ロンドンと同じだな」
「それとこれとがどういう風に?」
「第三真祖が構築した異世界は常夜のソレなんだよ」
水月はプライムにグラスを渡す。
プライムは甲斐甲斐しくグラスに氷を入れて焼酎を注ぐ。
それを受け取って飲みながら言葉を続ける。
「要するに日の差さない世界なんだ。だから基本的にそこでなら第三真祖とその眷属は安寧を約束される」
「ははぁ」
「たまに魔術の造詣に長じた奴が独自に常夜の結界を創ってレギオンを離れることはあるが、まぁ大概はヴァンパイアハンターにとってのカモにネギだな。元より第三真祖の眷属は海や流水を渡れないからグレートブリテン島を出ることは出来ないんだが」
「吸血鬼さんもままならないんですね」
「然りだな」
くっくと笑う。
「でもレギオンには数多く吸血鬼がいるんですよね?」
「ええ、四鬼のグランドヴァンパイアの一角……第三真祖は元より、それに次いで強力なセカンドヴァンパイアもたくさん存在します」
「セカンドヴァンパイア?」
またしても真理の無知が話を止める。
が懇切丁寧にザナドゥーは説明する。
「第一真祖以外の吸血鬼は繁殖能力を持っていると言いましたね? 親子で例えるのなら血を吸った吸血鬼が親で血を吸われた被害者が為った吸血鬼が子と言えます」
「ふむふむ」
「グランドヴァンパイアに血を吸われて繁殖した吸血鬼をセカンドヴァンパイアと、セカンドヴァンパイアによって繁殖した吸血鬼をサードヴァンパイアと、あとは雪崩式にフォースヴァンパイア、フィフスヴァンパイア、シックスヴァンパイアと順々に格付けされます」
「なにか意味があるの?」
「一応数が少ないほど強力なヴァンパイアという目安はありますね」
つまり真祖に近い吸血鬼ほど強いと言うことだ。
「にゃるほど」
得心いったと真理。
「で、レギオンはずっと夜で吸血鬼には住み心地が良くて強力なヴァンパイアがいっぱいいるのは分かったよ」
「よろしい」
「御飯はどうしてるの?」
「もちろん基本的にパンピーをさらって吸血」
「あれ? そうするとレギオン内で幾何級数的にヴァンパイアが増殖しませんか?」
「するな」
するのである。
血を吸われた被害者が吸血鬼となって加害者に変換される以上、レギオン内のエンゲル係数は爆発的に増殖していく。
「だから間引きが必要なんですよ。裏ロンドンとレギオンは互いに敵対し合う関係です」
「ははぁ」
やはりぼんやりと頷く真理。
「それで話を脱線させて申し訳ありませんでしたが閑話休題」
「何で俺がレギオンに攻め込まにゃならんのか……だな」
焼酎を飲む。
「ですから妹を助けて欲しいんです」
「妹?」
これはかしまし娘(?)の総意。
「妹さんがレギオンに?」
屈託のない真理の言葉に、
「だね」
とリザが頷く。
「助けるってどうやって?」
「普通にレギオンから連れ帰ってきてくれれば十分かな?」
「ですけどレギオンにいる以上吸血鬼ですよね?」
「うんにゃ」
リザは否定した。
「パンピーのままと?」
「うんにゃ」
リザは否定した。
「では?」
「アンデッド」
「え……?」
「ってなるよな」
ポカンとする真理を肴に酒を飲む水月だった。
「どゆことよ?」
「妹はちととある案件でアンデッドになってね。今はレギオンの城に捕らわれて血袋と化してるの」
「前後の結びつきがよくわからんのですけど……」
「アンデッドは永続的に自己修復をするだろ?」
これは水月。
「ですね」
「つまり延々と失った血を生成するし、吸血鬼に噛まれて吸血鬼になってもオルフィレウスエンジンがそれを異常と見なしてパンピーに戻す。アンデッドがパンピーかはこの際議論するのも面倒だから破却させて貰うが……」
「要するに無尽蔵の食料庫……と?」
「そゆことだね」
満点だ。
そうリザは笑った。
「そっかぁ……。アンデッドかぁ……」
「友達になれるかもな」
「何で?」
と問うたのはリザ。
「こいつも」
とグラスの縁を握って人差し指で真理を指すと、
「こいつもアンデッドだから」
そう言う。
リザはキョトンとした。
「そなの?」
「そなの」
「ふぅん」
「じゃあ理不尽に悪魔の城に捕らわれてるお姫様を救うのが騎士たる水月の仕事、と」
「請け負ってないがな」
「何でもするからお願い!」
「特に何を提供されもなぁ……」
まこといつも通りの水月だった。
「どちらにせよ私たちにはレギオンの間引きに声をかけられるでしょうから、ついでの駄賃として呑んでも良いのではないでしょうか水月様……」
「さくらの口調で語るな」
「しかして大切な人を失う絶望は水月様とて知っているはずでしょう?」
「それを言われると弱いが……」
少なくとも形相の面においてプライムはさくらとニアリーイコールなのである。
「本当に何でもするから……!」
もう一押し、とリザが頼み込む。
「…………」
クイと焼酎を飲んだ後、
「まぁ気が向いたらな」
ぶっきらぼうに言ってのけた。
基本的に水月は嫌なら嫌と言うクチであるから、これは最大限の譲歩と言える。
それを察するにおいてリザは水月と縁深くはないが、後からかしまし娘にそうと教えて貰って驚喜するという一幕があった。
「で」
そうして漸く会談の本筋に戻る。
「リザはパジャマ着てるけど帰らなくていいの?」
「今日はここに泊まります」
「駄目」
「駄目です」
「嫉妬しますね」
サクリと否定するかしまし娘。
「水月の意見は?」
「別段騒ぎ立てるほどのことじゃない」
「問題です!」
「大問題です!」
「深刻な問題です!」
騒ぎ立てるかしまし娘。
「私も水月と一夜を共にしたいです!」
「以下同文!」
「以下同文!」
「だってお前ら酒飲めねえじゃん」
「お酒を飲むの?」
「このホテルの地下にバーがあるだろ? そこでリザと友誼を深めるのも悪くはない」
「私と?」
「不満か?」
「いえ、お供しろというならば付き合いますが」
「よろしい」
そう言って水月は焼酎を飲み干した。




