ヴァンパイアカプリッチオ02
次の日。
「なぁ九李姉」
水月は馬九李と連絡を取っていた。
「何も起こらんのだが……」
「果報は寝て待てって言うでしょ」
「果報ってか悲報だが」
眉間をつまむ。
「本当に起きるんだろうな?」
「ええ、とても楽しいことが」
「九李姉がそう言って楽しかった試しがないんだが……」
「私はいつも観客席で楽しんでるにゃ」
お前はな。
よっぽどそう言ってやりたかったが水月は自重した。
別段裏ロンドンの盛衰に興味は無いが、馬九李が水月を指名して解決しなかった事柄はない。
その程度の塩梅や判断は馬九李とて持っているし、此度も「ソレなのだろう」との確信もあった。
ただ人の都合を顧みないと云うだけで。
「何が起きるかくらい教えてもらえんか?」
「ひ・み・ちゅ」
殺してぇ。
敵わないことを承知でそう思う。
ある種、水月は(さくら以外に対して)暴力でエゴを押し通すことが多々あるが、ソレが出来ない珍しい分類の範疇に居るのが馬九李である。
コンプリート・オブ・イビルアイ。
アークの全容に最も近い位置に居る一角と称される聖術師だ。
ほとんど水月にとっては厄介事を持ち込んでくる天敵だが、同時に大事な情報源でもあるため邪険にも出来ないのだ。
「ほじゃサヨナラ~」
情報端末がピッと切れた。
「さて……」
夕食の時間だ。
五つ星ホテルの夕餉はいつもホールでのバイキング形式と相成っている。
「水月~」
「水月様~」
「役先生~」
扉の向こうからかしまし娘(というと誤解を生じるが)の声が聞こえた。
「あいあい」
端末をベッドに投げて扉を開く。
案の定、三人が居た。
真理とプライムとザナドゥーである。
「じゃあ行くか」
「うん」
「あは」
「ええ」
そんなわけでそんなことになった。
水月は野菜のピクルスとザワークラウトと生ハムをとってビールのつまみとする。
「美味しいですか?」
ザナドゥーが聞いてくる。
「まぁイギリス料理も悪かないな。上質のモノしかとってないから庶民の悪食については知らんが」
「ハギスとか……ですか?」
「まぁ有名処はソレだよな」
苦笑してしまう水月。
ザナドゥーもコロコロと笑う。
「水月様っ」
ちとハイテンションにプライムが水月に近寄ってきた。
「なんだ?」
「ヴィンテージのシャンパンがありました。一杯どうです?」
「あんまり洋酒は得意じゃないんだが……」
ビール程度は楽しめるが本来水月は清酒や焼酎を嗜むクチである。
とはいえ全く飲まないわけでもないので、
「まぁいただくか」
首肯した。
ワイングラス二つをテーブルに置いてシャンパンを注ぐ。
クイと水月は飲む。
「へえ」
出てきた言葉は感嘆。
円熟したブドウと爽やかなアルコールが口内で踊り狂った。
総じて美味。
そんな評価が出来るほどの味だった。
「良いホテルだな」
「ええ」
プライムも嬉しそうに言ってヴィンテージシャンパンを飲んでいた。
「ところで水月様?」
「何だ?」
「今日の入浴ですけど」
「嫌」
「そう言わず」
「何でお前ここまで拒絶されて前向きなんだ?」
「私には水月様しかいないからです」
真摯な訴え。
「私も私も」
「不肖私もですね」
真理とザナドゥーもそれに便乗した。
「…………」
水月は無言でザワークラウトを食べる。
そしてシャンパンで流し込む。
「お前らなぁ……」
漸う出てきた言葉はソレだった。
うんざりするほか無い。
そも水月は自身の美貌を認めている。
そに惚れる女子が出てきても不思議ではない。
ただし水月の心は、
「葛城さくら」
に根を張っている。
そしてソレを取り戻す現象が水月という人格の最終点だ。
「不可能」
そうには違いないのだ。
しかして諦める気は水月にはさらさら無かった。
問題は遺言にどの様に折り合いをつけるか。
そこにかかっているのだから。




