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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
生死とは何ぞやと鬼の問う
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変わる日常01

 次の日。


「おーいおいおいおーいおい」


「水月先輩、泣くにしたっておーいおいは不自然ですよ」


 机に伏せって泣く水月にラーラがつっこむ。


 水月とラーラがいる場所は十二畳ほどの部屋である。


 その壁際には書類と書籍がパンパンに詰められた本棚が並んでいた。


 中央付近にはワークデスクが三つ置かれていて、それぞれの机には最新式のパソコンが鎮座している。


 開けっ放しの扉に目をやれば「コンスタン研究室」とかかれた札が。


 イクスカレッジの教授兼魔術師であるオーロール=コンスタン教授の研究室であることはそれだけで見て取れた。


「おーいおいおい」


「何を泣いてるんです?」


 水月とは別の机に座ってパソコンのキーボードをカタカタと打っているラーラが何気なしにと聞くと、水月は自分の机のパソコンのモニターを指差した。


 自らの席を立って、机を迂回し、水月の机と面向かうまで歩き、ラーラは水月のパソコンを覗き込んだ。


 画面に書いてある文面を読むラーラ。


「神乃マリからファンの皆様へ……。なんですかこれ?」


「イクスカレッジおよび関係諸国で今話題沸騰中のネットアイドル……神乃マリちゃんのブログだ」


「それで? このアイドルさんがどうかしたんですか?」


「どうかしたんだよ! 心臓の病でもう長くないからアイドル活動をうちきるって……ファンにしてみれば理不尽な話だよコンチクショウ!」


「命短し恋せよ乙女」


「ああ! 俺のマリちゃんが!」


「先輩……アイドルとか好きだったんですか」


「いや、さくらがいなくなったからさ……。とりあえずアイドルに走ろうかと思って」


「そんな理由で」


「なのに、思った瞬間これだよ。なんなんだ。俺が想った人間は薄命になっちまうのか?」


 あーあ、とため息をつく水月。


 ラーラが水月の手をとった。


「葛城先生のことは決着がついたんですよね。だったら私が恋人に立候補します!」


「慎重に脳内協議いたしましたが誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただくことになり貴意に添えぬ結果となりました。ご期待に応えられず申し訳ございませんが悪しからずご了承の程をお願い申しあげます。今後のご精進とご発展をお祈りいたします」


「なんで!?」


「俺は黒髪和服の大和撫子が好みなんだよ」


「葛城先生のこと滅茶苦茶引きずってる上に神乃マリは黒髪和服じゃないですよ!」


「いいんだよ。俺の彼女にしたら黒に染めさせて和服着せるから」


「先輩、言ってることが滅茶苦茶ですよ」


「知ってる」


 こともなげに水月は言う。


 ラーラが疲れたように嘆息した。


「あのう、もしもですよ……葛城先生と恋人のどっちが大事かって聞かれたらどうするんですか?」


「さくらに決まってんじゃん」


「……駄目じゃん」


「いやいや違うんだって。さくらを大事にするのと恋人を大事にするのは別次元の話だから。如春夜夢教の信徒は恋愛を許されてるんだよ」


「なんです、如春夜夢教って」


「葛城さくらを神格化し御本尊として敬い愛し時々想いを馳せたりもする新興宗教だ。開祖は俺。教祖も俺。枢機卿も司祭も信者も俺。神を慕うことと恋人を慕うことは両立するし、恋人より神を優先するのは信者として当然の意識だろ? つまりはそういうことだ」


「駄目だこいつ……早く何とかしないと……」


 呆れるラーラ。


 水月はというと、


「お、ORENCHI GENJIの『義経憐憫いじんれんびん』がオリコンに入ってる」


 さっきまで泣いていたとは思えない無頓着さでネットサーフィンを始めていた。


「先輩。ナツァカ魔術史の資料……たしか今日まででしたよね。ちゃんと作ってますか?」


「まだ」


 ガックリとうなだれるラーラ。


「はやくしないとまたコンスタン教授に怒られますよ」


「今更だーな。だいたいナツァカ史なんて今更はやんねーだろ。それだったら現代魔術史の講義でもすりゃいいんだ」


「温故知新……ですよ、先輩」


「エアとかケイとか言ってる時点で……もうね」


「単なる講義の資料なんですから茶々を入れずにちゃっちゃと作ってください。私も手伝いますから」


「よし! 任せた!」


「自分で作ってください!」


「冗談のわからない奴だなぁ」


 カラカラと笑う水月。


 そこに、


「相も変わらず楽しそうだな。役君」


 第三者の声がかけられた。


 水月とラーラが開けっ放しのドアへと視線をやる。


 そこにはブロンドの髪に挑発的な目をもった女生徒が立っていた。


 ケイオス=ローレンツだ。


「ケイオス……」


 水月が呟く。


「やあやあ役君。いつものように惰眠をむさぼっているようでなによりだ」


「不真面目に不真面目、が俺のモットーだからな」


「そんなだからコンスタン教授に嫌味を言われるんだろう?」


「もう慣れた」


 しれっと水月。


「それで? 何の用だ? 警察の訓練なら付き合わんぞ」


「それは残念。だが今回は違うぞ。実は役君に読んでもらいたいものがあるんだ」


 言いながらケイオスはコンスタン研究室に入った。


「読んでもらいたいもの?」


「そうだ。世紀の傑作だ。さぁ! 読め!」


 紙の束を水月につきだすケイオス。


「なんだよ。言っとくけどうちは魔術史の専門で他のジャンルは門外漢だぞ」


「大丈夫だ。いらん知識は必要ない」


「はぁ、なら読むけど……」


 受けとって目を通す水月。


 紙の束にはこう書いてあった。


『俺はプライムの両手首を掴むと、そのまま近くの壁に叩きつけた。男の欲情を駆り立てるような甘い声で喘ぐプライムの、その耳を俺は甘噛みする。それだけでプライムは初心に喘ぎ、顔を羞恥に染める。プライムの弱々しげな抵抗は言葉によるものだった。「水月様……およしに……」プライムの語尾は儚げに薄れる。俺はあえて意地悪な笑みを浮かべた。「嫌なら突き放していいんだぜ?」プライムの耳元でそう囁いた後、その耳を舐め上げる。「ひぁ……っ」やはり生娘のような反応を示すプライム。よほど感度がいいらしい。「おいおい、嫌がってるわりにはお前のカリバーンは今にもアバローンだぜ。口では何と言おうと体は正直らしいな」そんな俺の言葉責めで、顔を朱に染めるプライム。プライムの双眸に一滴の涙がつたう。「しかし今の私は男でありますれば水月様とつがいになることなど出来ないのです……」そんな悲恋に打ちひしがれるプライムの耳元で俺は悪魔のように囁いた。「知ったことか」それは道理を引っ込める言葉。「水月様ぁ……」案の定プライムは融ける慕情と火照る被虐心のままに陵辱を是とした。後はなし崩しに乱れるだけだ。俺はプライムを地べたに這いつくばらせると同時にタルタロスだけを高く淫らに誘うように強調させる。そして俺は事を為す。プライムが喘ぐ「あ、ああっ……水月様のたくましいエクスカリバーが私のタルタロスを蹂躙しておりますぅ……」』


 全てを読み終わる前に水月は、


「――(前略)迦楼羅焔――」


 魔術で紙の束を灰へと変えた。


「おおおおっ!?」


 ケイオスが驚いたように、というよりげんに驚いて灰となった紙の束を見つめる。


「役君ーっ! 私の血と汗と涙と火の七日間の結晶をよくもーっ! 秦やナチスが犯した焚書坑儒の歴史がまた一ページーっ!」


「表現の自由を圧してんじゃねーっ!」


 水月もまた声を荒らげた。


「俺を貶めるなと言っとんだ! なんだこの三文ボーイズラブ小説は!」


「ちっ! これだからみづプラをわかってない奴は……」


「みづプラって言うな! それからわかってないもくそも俺が当人だし!」


「えてして人は自分のことこそよくわかっていないものさ」


「アイデンティティの問題にすりかえるな!」


「はぁあ~……これじゃ次のイベントに原稿が間に合わない。電子書籍用のPDFデータだけで我慢するか」


「おいラーラ、ケイオスの首を引きちぎれ。サッカーやるぞ」


 そんな水月の言葉を無視して、


「私もちょっと読んでみたかったです。みづプラの小説」


 そんなことを呟くラーラ。

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