いざ、裏ロンドン14
翌日。
決闘と相成った。
裏ロンドンの円形闘技場。
魔術師たちが決闘をするための場所だ。
昨日の今日で裏ロンドンの端まで噂は届いたらしい。
闘技場の観客席は満杯だった。
二万人は集まっているだろう。
誰しもプロミスリル教授の実力は知っている。
対して水月の力量は知らない。
だが一つネックがある。
役一族。
日本における魔術の血族で、その歴史は千年を超える。
古典魔術の歴史としては浅い方だが、新古典魔術と比べれば遙かに深い歴史を持つ。
当然その技術を受け継いだ役水月が凡庸であるなど誰も鵜呑みに出来るはずもなかった。
まして水月は無形魔法遺産だ。
その一事を以て侮る者など居ようはずも無い。
「無傷で負けるにはどうすればいいか」
決闘場の端で水月はそんな命題に頭を悩ませていた。
その反対の端にはプロミスリル教授。
白髪の混じった初老の男だが、老い故の儚さは感じ入られない。
新古典魔術師とはいえ、その実力は本物だろう。
歴史的な積み重ねさえ勘案に入れなければ、新古典魔術が古典魔術より勝るのは別段特記することでもない。
問題は、
「痛い思いをするのが嫌だ」
と、
「目立ちたくない」
の二律背反にどう折り合いを付けるかにかかっている。
そうこうして戦術を練っていると、マイクパフォーマンスが轟いた。
此処では略すがプロミス教授と水月とを持ち上げるソレだ。
「――――!」
ワァッと観客は盛り上がる。
「さぁてなぁ……」
盛り上がる観客に正比例して水月は盛り下がっていった。
「では始めよう」
マイクを通じて声が響く。
「プロミスリル教授バーサス役先生……決闘開始!」
観客のテンションは最高潮だった。
「やれやれ」
水月は鬱陶しげに頭を掻いて金色夜叉を起動させる。
単純なエネルギーの集合体が水月を金色のオーラとなって包み込む。
対するプロミス教授はルビーを握りしめて呪文を唱えた。
「――ManifestationCase――」
呪文。
即ちマジックトリガー。
「――RubyEqualFlame――」
手の中のルビーが消失して炎が生まれ出る。
灼熱の炎は、しかし水月には届かない。
金色夜叉が弾いたのだ。
「――ManifestationCase――」
サファイアを握りしめてマジックトリガーを引く。
「――SapphireEqualWater――」
教授の手の平でサファイアが消え失せ水が生み出る。
が、これも効果無し。
「――ManifestationCase――」
マジックトリガー。
「――EmeraldEqualWind――」
エメラルドを消費して風を生み出す。
効果が見受けられない。
「――ManifestationCase――」
マジックトリガー。
「――TopazEqualEarth――」
トパーズを消費して土を生み出す。
飛礫が水月を襲う。
以下省略。
「…………」
水月は右手を突き出した。
「……っ!」
それが魔術の兆候だと察した教授は、
「――ManifestationCase――」
マジックトリガーを引いて、
「――DiamondEqualVallation――」
ダイヤを消費して防御障壁を生み出した。
対する水月はポツリと呟く。
「オンマユラキランデイソワカ……」
そして、
「――後鬼霊水、秋水――」
魔力の入力を唱えず演算だけで魔術を成立させうる。
後鬼霊水……秋水……。
一種のウォーターカッターである。
それはあっさりとダイヤを消費して展開された魔術障壁を貫通してのけた。
ただし狙いは外したため教授には傷一つ無い。
「……っ!」
絶句する教授。
ダイヤを使った絶対防御の魔術障壁。
それを容易く撃ち抜かれたのだから、その心象幾ばくか?
「次は当てるぞ?」
水月は脅す様にそう言ったが、
「ならば仕方ないな。殺したくはなかったが……」
教授の意志は折れなかった。
「――ManifestationCase――」
教授はルビーとサファイアとエメラルドとトパーズの四種の宝石を握りしめる。
「……ふぅ」
水月は呼吸の関係上金色夜叉を解く。
呪文の詠唱は同時だ。
「――FourElementsAttack――」
「――千引之岩――」
教授が生み出したのは四種類四色の力線。
赤色の熱気と青色の冷気と緑色の気圧と黄色の斥力の四属性を同時に放つ複合属性の魔術だった。
ルビーとサファイアとエメラルドとトパーズを同時に失うのは惜しいとしても、その宝石魔術の威力は誰が見ても、
「強力」
の一言に尽きた。
が、相手が悪かった。
水月が展開した魔術は千引之岩。
黄泉国と葦原中国を隔てる壁。
即ち空間隔絶。
空間と空間を分け隔てる壁に相違なかった。
教授の魔術が空間を通じて伝播する以上、それは最大の障壁となる。
「――っ!」
千引之岩にて防がれた自身の魔術を信じられない思いで見つめる教授。
「何をした!」
そう糾弾するのもしょうがないだろう。
「秘密だ」
水月は当然の答え。
そも魔術とは血族からの継承である。
であるため効果はともあれ術式を教える義理は無い。
ボッと水月が金色夜叉を展開する。
「さて……どうする?」
こと水月の防御能力は教授の攻撃能力を上回っている。
である以上、結論は出たも同然だが。
しかし、
「認めんぞ!」
教授は宝石を握りしめて魔術の呪文を唱えるのだった。
幾らでも。
幾らでも。
それでも水月の金色夜叉は敗れない。
結局数万ドル単位の宝石を消費して、教授の得ることは敗北のみであった。
持っている宝石を使い尽くして、得たのが自分の敗北。
「くあ……」
水月は欠伸をする。
わかりきったことではあるのだ。
宝石魔術とは要するに、
「宝石をウィッチステッキとして自己暗示を深めるだけのソレ」
という結論である。
であれば魔術に価値を置いていない水月のソレに勝てる道理がない。




