いざ、裏ロンドン08
それからスケジュールの関係上水月たちは裏ロンドンの観光を徹底的に行なった。
美味い紅茶を飲み、固形チョコレートを食べ、魔導図書館と魔導博物館を見て回って暇を潰す。
そんなことを数日続けて漸くスケジュールが当てはめられた。
裏ロンドンのカレッジの一室。
ジトゥ研究室にて、その教授と面会するのだった。
「ようこそスーパーマジシャン。私がジトゥ研究室の室長。アイザック=シルバーマンだ」
サクリと教授……アイザックは名乗り上げた。
「…………」
スッと水月の目が据わり、片手を教授に向ける。
「おっと待った」
両手を挙げて降参の意思表示を示すと、
「私は元はアイザック=ジトゥと言う。シルバーマン姓を名乗っているのは魔術の才能を買われてシルバーマンに引き抜かれただけだよ」
「だが魔法メジャーにも一定の発言力を持っているんだろう?」
「それはそうだが」
「なら死ね」
「落ち着き給え」
あくまで教授は話し合いに重きを置きたいようではあった。
その程度は水月とて汲み取れる。
「私はシルバーマンにおいては新参だ」
金髪がくすんで白髪が交じっている。
弱々しさはないが初老の男性教授といった雰囲気で年輪を感じさせる魔術師である。
「基本的に中立だよ。だから殺意を抑えてくれたまえ。息苦しくてしょうがない」
「魔法メジャーの一員だろ」
「そうだが大魔術師葛城先生の処遇に私はタッチしていない」
「…………」
水月は突きだした腕を脱力させた。
一応の所納得はしたらしい。
「で?」
とこれは水月。
「お前が魔法メジャーに口利きしてくれるのか?」
「その通りだ」
教授はそう言った。
「無形魔法遺産ね」
面倒事だ。
そんな口調を隠そうともしない水月。
「知っての通り魔法メジャーは現代魔術に並々ならぬ興味を持っている」
事実を確認するように教授は言った。
「であれば一定の知識保存は前提の前段階だ」
「納得しろと?」
「そこまでは言っていない」
教授は断じた。
「ただ魔法メジャーの行為を悪徳と捉えるのは早計だと言うだけだ」
「それが納得しろって事なんだよ」
「話し合おう」
教授はどこまでも言葉で解決したいらしかった。
「まずは役先生を無形魔法遺産に登録する。コレはよろしいか?」
「脳みそえぐり取るのか?」
「役先生には不要だろう」
一応一定の理解はあるらしい。
「儀式無しで魔術を行使するのが本当ならば儀式と出力の前後即因果の誤謬が証明されたも当然だ」
「だな」
「実際に見せてくれないか」
「ふむ」
次の瞬間水月を囲うように金色のオーラが展開された。
光。
熱。
風。
電気。
そして斥力の集合体だ。
「たしかに儀式をした傾向は見受けられないな」
「なんならボディチェックでもするか? パンツ一丁でレントゲンを撮るくらいなら妥協できるぞ?」
「必要なかろう。少なくともそんな嘘をついて得する役先生でもあるまい」
「よくご存知で」
水月は皮肉を投げた。
アイザック=シルバーマンは苦笑する。
「魔法メジャーへの遺産登録は任せて貰いたい」
「好きにしろよ」
「代わりと言っては何だが」
「何だ?」
「現代魔術を講義してはくれまいか。エクスカリバーの寄贈者ともなれば誰しも傾聴する耳を持つだろう」
「めんどい」
「まぁまぁそう言わず」
とはザナドゥーの言。
「聖剣狩りの役先生の講義ならば人が集まりますよ?」
「興味ねぇな」
少なくとも水月にとっては徒労だ。
裏ロンドンは新古典魔術の総本山。
即ち儀式魔術の信仰によって為る都市である。
今更現代魔術を講義して何になるというのか?
そして何より水月は古典魔術師でもある。
「水と油とはこのことだ」
そう言った。
けれども、
「私も参加したいです」
「えぇ……?」
教授まで参加の意を示して困惑する水月。
「俺は新古典魔術には明るくないぞ」
「それでいいのです」
教授は確固として言った。
「であるからこそ新古典魔術の盲を開けるのですから」
「え~……」
やるせない水月。
「是非」
「是非」
ザナドゥーと教授が迫り、
「まぁひとくさり語ってやる程度なら出来るが……」
妥協せざるを得ない水月であった。




