夏の白雪は神の涙13
「つまり白雪さんは……!」
「はい。夏さんがアークの『安寧』の項目にリンクしたことで顕現した安らぎの象徴としての存在です」
水月は言った。
僕も広義的には魔法使いだと。
白雪さんというパーフェクトメイドの創造こそ僕の魔術だったのか……。
「そして逆羽も……というか一般的に魔法的生物の骨子にアークティアは在る。信仰や祈祷によって各地で様々な形をとってな。例えば日本なら八百万の神。ヨーロッパの妖精や仏教の仏様なんてのが実在していて、それらは神の涙……アークティアと定義されている。神話の神々や神器の類は魔術師の創造でなければアークティアと睨んでいい。そしてアークにリンクして存在している以上聖術を自在に扱える」
「聖術って?」
「魔術の一形態。自身で魔力の入力と演算をするのではなくアークに入力と演算を任せて出力のみを取り出す技術を指す」
「なるほど」
「基本的に吸血鬼は教会関係のアークティアなんだがな」
「ワールドワイドになっちゃったから日本でも人々の意識に刷り込まれてアークがそれを再現した、と?」
「百点満点だ」
「じゃあ白雪さんが不死身なのって……」
「ああ、お前が生きている限り何度でも再生する。お前はアークの『安寧』の項目に触れた。である以上白雪はお前にとっての安寧だろ?」
そうだけどさ。
「その安寧を手に入れようと画策したのが此度の逆羽だ。気持ちはわからんじゃないがな。アークティアなんて現象によって迫害される運命を決定づけられれば安寧だって欲しくはなるさ」
迷惑千万には違いないけど逆羽さんも大変なんだね……。
魔術障壁を足場にヒョイヒョイと逆羽の頭上を取る水月(ウィズ僕たち)だったけど決定打に欠けていた。
水月の風や水の攻撃魔術は悉く防御され、それは白雪さんの銃撃も同じ。
それほど逆羽の地面の防御膜は堅かったのだ。
「何とかならないんですか?」
白雪さんが問う。
「…………一つ手段はある」
ようようと云った様子で水月は言葉を紡いだ。
「全てを貫く神なる雷。インドラの矢の再現。貫通力は類を見ないから、この魔術なら物理的な防御魔術程度ならあっさり貫通する」
「早く使ってください」
「無理だ」
「何故?」
「強制検閲の対象になる。この魔術……火球を生み出して射出するんだが最終的に俺から十分離れると核兵器より一回りか二回り大きな爆発を生む。当然そんなもんが再現されれば国際問題だ」
「しらをきればいいのでは?」
「強制検閲をなめるなよ。敵の牽制や不意の事故で魔術の行使がうち止められる程度ならまだ可愛げがあるが、前例として大勢の人の前で大魔術を再現しようとした馬鹿魔術師がいきなり何の脈絡もなく魔術行使寸前で心臓発作を起こして死んだ例まである。俺はそんな間抜けな死に方は御免だ」
「面倒くさいですね……」
そう言ってちらと視線を地面にやる白雪さん。
それから確認するように言う。
「あくまでインドラの矢は役さんから十分離れたところで大爆発を起こすんですよね?」
「まぁそう条件付けしてるからな。別に短距離で爆発させることもできはするが自殺願望は俺には無い」
「では……」
と呟いた後、
「――――」
白雪さんはひょんな提案をした。
「…………」
水月は吟味するように黙り込んで、
「やる価値あるな。いや、それなら戦術の幅が広がる……」
肯定的に返した。
「ではお願いします」
「任された」
そして水月は新たに魔術障壁を張って逆羽の直上を取る。
そして、
「――現世に示現せよ――」
と今日何度目かの呪文を唱え、さらに詠唱。
「――金剛夜叉――」
「――守れ――」
水月の攻撃魔術と逆羽の防御魔術の展開は同時。
かまくらのように地面が隆起して防御の壁を作る逆羽。
対して水月は突き出した両手から超高熱プラズマ火球を創りだす。
そのあまりの異様に僕はゾクリと嫌な汗をかいた。
核兵器にも勝る圧倒的熱量。
その一端を見た気がしたからだ。
そして太陽の如き神罰が天から地に落ちる。
それは逆羽の防御魔術を貫通し、逆羽自身を蒸発させ、地面深くに潜り込んだ。
超高熱が地面すらも消滅させて地中深くまで侵食する。
そして水月は呪文を唱える。
「――千引之岩――」
魔術障壁の呪文だ。
それは金剛夜叉のあけた地面の穴の奥深くで展開される。
同時にズズンと地面が揺れた気がした。
インドラの矢は地中深くで爆発を起こしたけど唯一空気の通り道である地面への穴は魔術障壁で防がれる。
結果、爆発は地下で完結し、地震と呼ぶには小規模な振動だけが顕現する。
おそらく地下はマグマと化しているんだろうけど怖いのでそこには触れない。
とはいえ核兵器の二回り以上程度では地震のエネルギーとは比べるべくもないので深刻な衝撃や揺れは起きなかったのだけども。
「なるほどな。魔術も使いようだ」
水月はしきりに感心していた。
とまれ、逆羽のディバロッチは討伐されたのだった。




