夏の白雪は神の涙09
次の日。
グラノーラに牛乳をかけてザクザクと咀嚼しながら問いかける。
「それでディバロッチは退治できたの?」
「逃げられました」
まぁそんなこったろうとは思ったけど。
「多分もうすぐチェックメイトだがな」
水月はそう言う。
ザクザク。
「なにゆえ?」
「基本的に根無し草のアークティア……それも悪性のソレにとっては一ヶ所に長く滞在するのはうまくないんだよ」
「なんでさ?」
「討伐しようと戦力が集中するからに決まってる」
「ふむ」
ザクザク。
「まして逆羽が出している犠牲はちと多い。一日に一人が行方不明になれば積み重なって不安につながる。である以上強制検閲に引っかかる。必然カウンターが発動する……というか俺もその一人なんだが」
「テクニカルタームが多くてよくわからないけど犠牲者が増えれば増えるほど検閲に引っかかりやすいってことでいいのかな?」
ザクザク。
「だな。かといって逆羽が白雪を諦めるとは思えない。そろそろ何かしらの強攻策をとるはずだ。作戦か博打かまでは読み取れんが……」
「占い屋さんに聞けないの?」
「そこら辺の似非占い屋に手相を見てもらうのとはわけが違うんだぞ。億単位の金を用意できるか?」
「できます」
これは僕じゃなくて白雪さんだった。
「そりゃお前ならそうだろうけど止めといてくれるか。現物と刷った金の差が大きくなれば金融不安が発生しちまう。当然何かしらの処置が下されるぞ。お前じゃなくて夏にな」
「なんで僕?」
「台風で人が死んだからって雲を逮捕するわけにもいかんし、地震で人が死んだからって地面を裁判にかけるわけにもいかんだろ?」
「?」
意味が分からない。
ザクザク。
「お前を抑えるためにも何かしらの手は打ってくるだろうな。そうでなきゃ今頃は市外に逃走しているはずだ。ただでさえ吸血鬼には肩身の狭い文明社会だから……昨今は」
「吸血鬼も大変なんだね」
「まぁ元が弱者の地位から始まっているから業みたいなものだけどな」
たしかに。
吸血鬼ってぼんやりとしたイメージではボスキャラみたいな印象があるけど、実際は迫害の代名詞として歴史に名を刻んでいる。
そうである以上水月の言う通り世界は吸血鬼に優しくないのだろう。
「南無」
僕は哀悼の意を表明した。
*
朝食を取り終えると登校だ。
次の日曜日が文化祭。
ソレに向けて邁進せざるを得ない。
とは言っても水月はともあれ僕と白雪さんは暇なんだけど。
その白雪さんはと云えば相も変わらず僕の腕に抱き着いている。
ご満悦と言った様子だ。
なんか本当に小動物を相手にしている気分。
無論、熟れた体は魅力的で神懸りの美貌の持ち主であるため恋慕の対象でも並列してあるんだけど。
「飽きないな。お前ら」
水月は苦笑い。
気持ちはわかる。
僕も苦笑したい気分だ。
白雪さんを不安にさせることが分かってしまうから実際にはしないけど。
登校していると一種粘つく様な視線を受けた。
無論学生路を歩いているため同じ付属中学の生徒たちからひがみややっかみの視線を受けたけど、それとは違う冷たさのある視線だ。
基本的に僕は鈍感だ。
その僕が感じるほどなのだから、どれほど異質かわかろうというもの。
幽霊の正体見たり枯れ尾花……という。
基本的に人は不明を不明のままに出来ない存在だ。
どうしても確認して安心したがる。
僕もその衝動に倣って視線の先を目で追いかけた。
不可思議なファッションの人物が居た。
何というべきか……。
大きな布を頭から全身を覆うように被って顔の辺りに宗教的な仮面をつけた人物だ。
カ○ナシのコスプレだろうか?
それにしては仮面に再現性が無いけど。
視線と視線が交錯する。
仮面の奥の紅の瞳が爛と光ったように見受けられた。
ドクン。
心臓が跳ねる。
不可思議な感覚がクオリアをよぎって僕は立ち止まる。
「どうかしましたか?」
白雪さんが尋ねてくる。
「いや、特に何があるわけでもないけど……」
白雪さんに視線をやって言葉を紡ぎ、もう一度黒衣仮面の居た方に視線をやると、
「……っ」
黒衣仮面の姿は既にどこにもなかった。
不意に視線を外したりトラックが横切ったりした後に特定の人物が影も形も消え失せるというのはフィクションではよくある光景なのだけど実際に体験してみると戦慄を覚える。
特に赤い瞳には何かしらの空恐ろしさを感じたのだ。
はて?
何を根拠に……。
そう自問したけど結局答えは出なかった。
何だったんだろう?
蜘蛛の糸に絡めとられたようなしこりだけが印象として残る。




