夏の白雪は神の涙08
「いい加減にしてね」
と言いたい。
けれど、
「えへへ、夏さん……」
じゃれつく猫のような態度を見せられると言いづらいのも事実で。
僕こと蝉川夏と白雪さんは一緒にお風呂に入ってます。
浴槽は広いから二人入って尚余るんだけど。
そんなことはどうでもよくて、
「何だかなぁ」
そう言わざるを得ない。
ふにゅん。
ムニュウ。
凶悪な双丘が僕の二の腕を包んで幸せ。
白雪さんは僕の腕に抱き着いて大層ご満悦の様子。
拒絶しようにも、そうすると白雪さんが悲しむことが分かっているため突き放せないのが事実で現実。
弱いなぁ。
僕は。
白雪さんはお風呂に浸かって僕の腕に抱き着いてふにゅんムニュウして、
「はふ……」
コトンと僕の肩に頭部を乗っけた。
うぐ……っ。
不覚にも可愛いと思ってしまう。
「安いね。白雪さんはさ」
「はい」
肯定されてしまう。
「わたくしは夏さんの御傍に居られればこれ以上はありません」
僕のどこが良いんだか。
容姿。
感性。
精神性。
「それら全てが愛おしい」
と白雪さんは言う。
「けどねぇ」
別に僕の容姿は突出してないし感性なんて無いに等しいし精神性は卑屈そのものだ。
どこに神聖視する要素がある?
そんな風に尋ねると、
「誰しも自分の事はわからないものですね」
悪戯っぽく返された。
「そんなものかな?」
「そんなものです」
そんなものかぁ。
なら言うことはないけどさ。
チャプンと水面が跳ねる。
お風呂入りながら睦言を言い合ってるんだから何だかな。
もう一人の僕は教師びんびん物語です。
認識していてなお知らないふりをしてくれる白雪さんの温情はありがたかったけど。
「ところで夏さん」
あいあい。
「今夜はすぐに寝られますか?」
「ん。まぁやることないしね」
本音だ。
現実でもある。
「では夜にしばし座を離れてもいいでしょうか?」
「何するの?」
「ヴァンパイアの殺害を」
「つまり水月と一緒するってこと?」
「その様にとってもらって間違いはありません」
「吸血鬼と戦えるの?」
「やり様は幾らでもありますし……」
「危険を承知で?」
「それについては杞憂です」
「なにゆえ?」
「わたくし……不死身ですから」
「…………」
「信じてませんね?」
いや、だってさぁ。
どう信じろと?
「どういう理屈か聞いていい?」
「単にバックアップを持っているというだけなのですが……」
命に保険があるの?
「はいな」
コックリと頷かれてしまった。
うーむ。
どう対処したものか。
「どちらにせよディバロッチが夏さんを狙っている以上排除は必須でしょう。で、あるならば拙速を尊ぶのが常道かと」
それについて異論はないけどさ。
「付け加えれば水月がいることも大きく作用しますし」
「どゆこと?」
「水月はコネで卜占師と繋がってディバロッチの出現位置と時間を高い精度で捉えます。ならばそれに追従する形でディバロッチを追った方が得策かと」
それについても異論はないけどさ。
「でも心配だな」
心の底からそう言う。
白雪さんはパッと表情を花開かせた。
「御心配痛み入ります。光栄です」
ふにゅんとした感触を味わっているこっちこそ光栄です。
「許可を頂けるでしょうか?」
うるうるした瞳で見つめられればこっちが折れるしかない。
美少女は……ズルい……。
それから風呂を上がると僕と白雪さんは水月と交代。
水月が風呂から上がると作戦会議。
お互いの能力の確認と敵性ヴァンパイアの能力の確認。
敵を知り己を知れば……と云う奴だろう。
やることなすこと物騒極まりないけど行方不明者の数は少しずつ積み重なってニュースの層となっている。
ここらでディバロッチを討伐するのも人情だろう。
僕は白雪さんの淹れてくれた安眠用のハーブティーを飲むと、
「おやすみ。頑張ってね」
二人にそう言って寝室へと向かった。




