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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
初恋はさくらの如く
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第一エピローグ17


 そこは、イクスカレッジを取り囲む、高い壁の、すぐ真下だった。


 地図の上から見れば、イクスカレッジの最東端。


 水月の目の前に広がる高い壁は、まるで「魔術師という名の人格破綻者たちを逃がすまい」という威圧に、満ち満ちている。


 裏路地から、さほど離れてはいない場所だ。


「驚きましたね」


 言葉の通り、少しの驚嘆をないまぜた口調で、黒衣仮面が呟いた。


「まさか追ってくるとは……イクスカレッジは黙認しているはずでは?」


「これは俺の都合だ」


 水月は、淡々と応じた。


 アンネは、黒衣仮面に、いわゆるお姫様抱っこをされていた。


 意識はないようだ。


 眠らされているのか、判断はつかない。


(まぁ起きてぽやぽやされても話がややこしくなるからいいんだけどな)


 何気に失礼なことを思う水月。


 黒衣仮面が、続ける。


「あなた自身こそ追ってくる理由がないはずです。カイザーガットマン様を拉致して利を得ることなどないでしょう」


「まぁな」


「では、何故?」


「用があるのはお前だよ。わかってんだろ?」


「…………」


「なんなんだお前。なんで葛城一族の魔術を使える?」


「機密です」


「それで俺が納得すると思うか?」


「でしょうね」


 議論は無駄だ、と悟ったらしい。


「――吾は一言にて放つ――」


 黒衣仮面は、やおら呪文を唱え始める。


「――現世に示現せよ――」


 水月も遅れずに、呪文を唱える。


 完成は…………同時だ。


「――ウカベ――」


「――迦楼羅焔――」


 この場を去ろうと、宙に浮かんだ黒衣仮面の、その進路方向を予測して、水月は炎弾を撃った。


 直撃コースだ。


「っ!」


 驚愕した黒衣仮面が、慌てながらも、器用に空中で避ける。


 黒衣仮面とアンネの、すぐ横を突きぬけて、炎弾はイクスカレッジを囲む壁に着弾……炸裂した。


 着地する、黒衣仮面。


 壁は、すすぼこりができるのみで、傷一つついてはいなかった。


 魔術師たちを囲うのだから、当然、強度も確保してあるというわけだ。


 とまれ、


「正気ですか!」


 黒衣仮面は、糾弾するように、水月へ問いかけた。


 はっ、と水月は嘲笑う。


「魔術師に正気かなんて禅問答にもならんぜ」


「下手をすればカイザーガットマン様をも殺していたのですよ!」


「何を仰るうさぎさん。俺はアンネマリーなんかどうでもいいと言ったばかりだろう」


 何を今更、と水月。


 半分ブラフ、半分本音だ。


「で、どうする? 正体を明かさないってんならアンネマリーを巻き込んででもお前に攻性魔術を連発するが? そいつを殺されたら困るんだろう、お前。お前っていうか魔法メジャー」


 助けるべき少女を、平然と、人質として扱いながら、事を進める水月。


「…………」


 黒衣仮面は、しばし沈思黙考して、しぶしぶと頷いた。


「いいでしょう。私も人一人を抱えてあなたの魔術と相まみえるほど無謀ではありません。場所を変えましょうか」


「いいぜ。何処にする?」


「そこのビルの屋上でいいでしょう」


 そう言って、黒衣仮面が示したのは、近くのビルだった。


「――吾は一言にて放つ、ウカベ――」


「――現世に示現せよ、千引之岩――」


 黒衣仮面は宙を泳ぐように、水月は不可視の障壁を階段状に張って、それぞれビルの屋上へと着地した。


 黒衣仮面は、アンネマリーを、屋上の端に優しく抱き下ろして寝かせると、水月へと数歩近づいて対峙する。


 ひゅるり、と、屋上の風が、二人を撫でる。


 目下に広がるのは、俯瞰の風景。


 水月が催促する。


「じゃあ、お前の正体を教えろ。包み隠さずだ。嘘の気配を感じたら、即座にアンネマリーを殺しにかかる」


「……理解しましょう」


 そう言って黒衣仮面は……その黒衣を脱ぎ捨て、それから、その黒衣の上に仮面を放る。


 広がった黒の一枚布の中心に、仮面がポツンと張り付いていて、まるで奇怪なオブジェのようだった。


 中から出てきたのは、一人の少年。


 年齢は、水月と同じくらいだろう。


 色素の薄いショートヘアの、一見少女と見間違うほどの美少年だ。


 だがその美貌に似合わず、服は黒い皮のつなぎ……体のラインが見えるほど細いつなぎには、バックルが数十とついている。


 いまや、あらわになった少年の瞳は、やはり仮面越しであったときと同様、何の感情も浮いてはいない。


(さくら……じゃないな……)


 まずして、性別が違う。


「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。サクラプライム……それが私のコードネームです。プライムとお呼びください」


「サクラ……プライム……」


 プライムとは、数学で『類似』をあらわす記号だ。


 水月の背筋に、悪寒が走る。


「魔法メジャーによって遺産になられた大魔術師、葛城さくら様の脳の、その形相を移植された人間……それが私です」


 最悪の想像が…………形を成して…………水月に突きつけられた。


「寄るべなみ、身をこそ遠く、隔てつれ、心は君が、影となりにき……でしたか。もう、役様を欺く必要もありませんね」


 プライムが呟いたソレは、葛城さくらからの、手紙の内容のはずだったもの。


 葛城さくらの死。


 葛城一族の魔術を使う第三者。


 その二つを繋ぐ、合理的な答えが、目の前に立っていた。


 そんなこと……水月は、真っ先に推測できていて、しかし信じてはいられなかった。


 何故なら、


「は、ははは、ははははは……」


 それは、抗いきれない絶望で、あったから。


「ははははは、はははははははははははははははははは……」


 さきまでの、楽観視の向こうに見ていた『さくらの死』は、もう水月の手元にある。


 もう誤魔化せない。


「はははははははははははははははははははははははは……」


 笑いは、後から後から沸きあがり、とどまることを知らない。


「ははははははは破破破破破破破破破破破破破破破破破……」


 おかしかった。


 何がしかの冗談のようだった。


 水月の心は笑ってないのに、喉はどこまでも笑い続けた。


「破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破……」


 葛城さくらと別れてから一年――、


 ――――自分はいったい何をしてきたのだろう?


 と反芻する水月。


 最愛の人を失い、しかしまた会えるから、と、甘んじ生きていた一年間……教師にも生徒にも持て余され、ラーラに同情されながら、けれど学生を演じ続けて、水月は、さくらの帰りを待っていた。


 その間にも、葛城さくらは、脳髄をえぐられ、殺され、保管され、並べられ、はては他人に移植され、組織に縛られ、利用され、使い潰されてきたのだ。


「さくら……」


 不思議と、涙は出なかった。


「初恋なんだ……俺の……お前は……」


「私は葛城さくらではありません」


「俺たちは同じ日に生まれて……」


「葛城さくらとです。私ではありません」


「二人で一緒に育って……」


「葛城さくらとです。私ではありません」


「一緒に笑って……一緒に泣いて……」


「葛城さくらとです。私ではありません」


「結婚の約束をした……」


「葛城さくらとです。私ではありません」


 プライムは、どこまでもそっけない。


 パキン、と、澄み切った破砕音が、鳴る。


 昼間、水月が、葛城さくらの死の可能性を、マリーに示唆されたときにも、聴いた音だ。


 あるいは、幻聴かもしれない、その音は世界の――――否、水月の心の壊れる音だった。


 パキン。


 透明な心に、ひびが入る。


 その音は、今度こそ、一度では終わらなかった。


「花見むと、植ゑけむ人も、なき宿の、さくらは去年の、春ぞ咲かまし……か。……ったく笑えねぇな」


 トライアンドエラー。


「オン……マユラ……キランデイ……ソワカ……」


 水月がポツリと呟いたそれは、役行者が信仰していたという孔雀明王の真言。


「ソワカソワカソワカソワカソワカソワカソワカ薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶薩婆訶」


 EXEC。


「――現世に示現せよ――」


 魔力の入力。


「――迦楼羅焔――」


 魔力の演算。


 そして出力。


 熱力学第一法則が崩壊して、虚無から、炎が生まれ出ずる。


 その炎は、水月の突き出した手の先から、花開くように大きく育ち、そして巨大な鳥の形となった。


 不動明王の背負う迦楼羅焔は、光り輝く炎の神鳥を象り、三毒のことごとくを喰らい尽くすという。


 水月の生み出した炎は、まさに呪文通りの形となって、具現した。


 神鳥が、炎の翼で風を打ち、風よりも速く、プライムへと襲い掛かる。


 それは敵を灰燼に帰す、純な殺意であったが、


「――マガレ――」


 プライムの魔術によって、偏向される。


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