楽しい魔術の実践論10
「あー……駄目だー……」
その日の昼休み。
「死ぬー……」
水月はぼやいた。
水月は目に冷えたタオルを当ててコンスタン研究室の自身のパソコンが置いてある席につき椅子の背もたれに体重をかけて、
「うーあー」
と呻いていた。
それについて、
「もう!」
とアシュレイが憤慨する。
今コンスタン研究室にいるのは水月とアシュレイとシアンだけだった。
「たかがトランスセットの講義くらいで音をあげてどうするんですの!」
「たかがトランスセット……」
水月は言う。
「されどトランスセット……」
屁理屈を。
「なんで俺がこんな無駄な時間を……」
そうぼやく水月の耳に、
「昼食買ってきましたよ!」
とラーラの快活な声が聞こえてきた。
ラーラと真理が全員分の惣菜を買ってきてコンスタン研究室に現れるのだった。
「はい先輩! 焼きそばパンとBLサンドと野菜ジュース!」
ラーラが水月の席に今言った商品を置く。
アシュレイとシアンも真理から惣菜パンを受け取るのだった。
「うーあー……死ぬー……」
野菜ジュースにストローを刺して嚥下しながら水月はぼやく。
「だからその態度は何なんですの……!」
やっぱり憤慨するアシュレイに、
「ああ、ああ、気にしなくていいよアシュレイ」
ラーラがフォローする。
「先輩、どんな講義に出たってこう言うから」
微妙にフォローになっていなかった。
とまれ、
「とりあえず現代魔術に至るまでの過程はダイジェストとして理解しましたの。後は魔術の実践あるのみですの」
そう言ったアシュレイの言葉は正しい。
水月は野菜ジュースを一口飲んで、
「じゃあ午後は魔術の実践に移るか」
ぼやくように言を綴る。
「でも役先生で大丈夫ですの?」
確認するようなアシュレイの言葉に、
「どういう意味だ」
と水月が問い正す。
目に当てていた冷えたタオルを取り払い、水月はアシュレイを見る。
「役先生は修験道のパワーイメージでしょう?」
肯定する他ない質問に、
「だな」
肯定する水月。
「ソロモン七十二柱を教えられるとは思えないんですの」
「ああ、それについては大丈夫だ。そもそもソロモン七十二柱の召喚魔術を教えるつもりはないからな」
「わたくしはソロモン七十二柱の魔術を覚えたいんですの!」
「お前がそう言っている内は実現しない願望だな」
「どういう意味ですの?」
「ブリアレーオの法則って知ってるか?」
「知りませんの……」
「要するに術者が価値を重く置く現象ほど魔術での再現は難しくなるって法則だ」
「……っ!」
絶句するアシュレイに水月は言う。
「理解したみたいだな。その通りだよ。お前がソロモン七十二柱を神聖視した分だけその魔術は再現が難しくなる」
「ではどうすれば……!」
「価値を重く置かない魔術から覚えていって魔術の行使に疑問を抱かなくっていき……それからソロモンの秘術を覚えるって過程を辿る他ないな」
野菜ジュースを飲みながら水月。
「では私にソロモンの秘術以外の魔術を覚えさせる……と?」
「そういうことになる」
頷いて水月は野菜ジュースを飲む。
「何の魔術を覚えるんですの?」
「まぁシンボリック魔術であり発生魔術であり消費魔術であることが前提だな」
「?」
首を傾げるアシュレイに、
「ぶっちゃければファイヤーボールだ」
心底ぶっちゃける水月だった。
「ファイヤーボールなら俺だけじゃなくラーラも真理も覚えているから俺以外でも教えられるからな」
「ファイヤーボールって何ですの?」
「言葉の通り炎の球を撃ちだす魔術だ。イクスカレッジでは基礎となる魔術と言っても過言じゃない」
「ソロモン七十二柱はその後だ……と?」
「ファイヤーボールさえ覚えれば後は好きにしろよ。俺がコンスタン教授から受諾した口利きはお前に魔術を一つだけ覚えさせることだ。後はソロモンの秘術でもタコ踊りでもなんでも好きに覚えろ」
ぶっきらぼうな水月の言葉に、
「わかりましたの」
アシュレイは頷く。
「私も真理も先輩からファイヤーボールを習いましたしね」
ラーラがそう追従し、
「私も水月がいなければ魔術に開眼できなかったですし……」
真理がそう言を紡ぐ。
「つまり……」
と水月が纏める。
「コンスタン研究室に所属する人間はファイヤーボールを覚えるのが洗礼というわけだ。午後はイクスカレッジの北に行くぞ。そこでお前に魔術の何たるかを教えてやる」
水月は言う。
そして焼きそばパンを咀嚼し始めた。




