楽しい魔術の実践論04
「たとえ科学で熱力学第一法則を超えても……それが超熱力学第一法則なら魔法と呼ぶことが出来る。要するにクラークの第三法則だな」
「クラークの第三法則?」
「いきすぎた科学は魔法と区別がつかないってことだ」
水月は嘆息とともにそう言う。
アシュレイは教養を受けていない。
ある意味で魔術師としては正しい教育を受けたのだろうが、それでは現代魔術の下地を押さえるには足りないのだ。
「ま、いいんだがな……」
と心中呟く水月。
そして、
「じゃあ魔法に対する理解を得られたと仮定して……アシュレイに次の質問をぶつけることにしようか……」
水月は問う。
「魔術とは何ぞや?」
「ええと……」
アシュレイは人差し指をあごにやって考え込むようにコクリと首を傾げ、
「魔法がエネルギー保存則とやらをやぶる法則と言うのなら……」
「言うのなら?」
「魔術とはその法則に従う技術のこと……ですの?」
「ほう」
ようやっと……水月は一定の評価をアシュレイに与えるのだった。
「然りだ。なんだな。やれば出来るじゃないか」
「…………」
憤然憮然とするアシュレイ。
金色の瞳には責めるような感情が揺らめいていたが、水月は当たり前だがそんなことに気を遣うような人間ではない。
そして魔術について補足する。
「もうちょっと詳しく言うならば……だ。魔術ってのは超熱力学第一法則を……神秘思想を通して私式的技術で再現するものだ」
「神秘思想を……」
「そ」
「私式的技術って何ですの?」
「私式の技術のことだ」
「そんなトートロジーで答えられても……」
「要するに公式の反対のことを私式と呼ぶ。公式すら知らんとは言わせんぞ」
「それくらいは知っていますの」
多分、と自信なさ気にアシュレイは付け加える。
「じゃあ公式って何だ?」
「例外なく全ての事象に適応できる式のことですの」
「私式はその反対」
「例外なく全ての事象に適応できない式のことですの?」
「適応は出来る。反対にすべきはそこじゃなく《全て》の部分だ」
「つまり?」
「つまり個人や小さなコミューンにしか適応できない式のことだ」
「…………」
「たとえば俺の一族は修験道をパワーイメージとして魔術を行使する家柄なんだが、不動明王のイメージから炎を取り出すなんて一般人が想像できると思うか?」
「無理ですの……」
「だから……わたくし的な技術だから私式と呼ぶ」
「…………」
「あるいはそれをエゴと呼ぶのかもしれんな。自分本位で自然現象を捻じ曲げる魔術師の私式的思考っていうのは」
「エゴで世界を変える、と」
「正確には創り上げるってのが正しいな。例外はあるが」
「例外?」
問うたアシュレイを無視して、
「例えば、だ」
水月は言葉を続ける。
「ここに二つの呪文があるとしよう」
「?」
「一つは魔力の入力の呪文。合言葉は現世に示現せよ」
「うつしよにじげんせよ……」
「一つは魔力の演算の呪文。合言葉は木花開耶」
「このはなのさくや……」
「この二つの呪文……儀式……つまりマジックトリガーを続けて唱える」
そして水月は、
「――現世に示現せよ――」
魔力の入力の呪文を唱えて、
「――木花開耶――」
続けて魔力の演算の呪文を唱える。
次の瞬間、水月たちの居座っている講義室に桜吹雪が具現化した。
どこを見ても桜の花弁の乱舞。
「「な……!」」
と驚いたのはアシュレイと、その侍女シアン。
驚くのも無理はない。
今、水月は魔術を行使しているのだから。
ちなみに、
「「…………」」
ラーラと真理にとっては日常的な光景だ。
殺傷性が無いため水月が使う魔術としては割と多い方なのである。
既に見慣れている。
そして水月がパチンと指を鳴らすと魔術による桜吹雪は暖かな朝日の前の雪のように消え去った。
講義室は元の姿を取り戻した。
「わかったか?」
水月が問う。
「何がですの?」
アシュレイが問い返す。
「俺は呪文を唱えて魔術を起こした。しかして言葉を発するだけで魔術が使えるのなら人類にだってインコにだって魔術は使える。それが成立しないということはやっぱり魔術には式があるってこったな。それも自身にしか通じない私式が……エゴが」
「自分勝手な条件付けで魔術は行使されるとでも?」
「その通り」
あっさりと水月は首肯する。




