楽しい魔術の実践論03
「つまり、ワンアクションは聖術師のテリトリーであって魔術師たるもの少なくとも魔力の入力と魔力の演算の二通りのマジックトリガーが必要になる……というのがイクスカレッジでの結論だ」
「…………」
納得いかな気なアシュレイを無視して、
「さて、じゃあ近代魔術はこの辺でいいだろ」
水月は話題を転換する。
「次は現代魔術についてだな」
「現代魔術……」
「そ。現代魔術」
水月はどこまでも遠慮がない。
水月が近代魔術の話を終わりだと言えば終わりなのである。
「では現代魔術の講義に入るが……そも、魔法とは何ぞや?」
水月はアシュレイに問う。
「え? えーと……不可思議な現象の総称……?」
困ったように答えるアシュレイに、
「はいダウト」
と水月は快刀乱麻だった。
「じゃあ……そうだな……」
教卓に頬杖をついたまま水月は真理に視線をやる。
「真理」
「何でしょう水月?」
「魔法とは何ぞや?」
「超熱力学第一法則です」
「はい正解」
水月は頷く。
「超熱力学第一法則……ですの?」
意味がわからないとアシュレイ。
「正確には時間の並進対称性のやぶれなんだがな」
あっさりと水月は言う。
「時間の並進対称性って何ですの?」
「つまり時間が進むことによってエントロピーは高くなっていくんだが基本的なエネルギーの総量には変わりがないって理論だ」
「エントロピー……」
「そ。エントロピー」
やはりあっさりと水月は言う。
「エントロピーって何ですの?」
「エネルギーの乱雑さのことだ」
「もう少し詳しく……」
「あー……」
面倒くさいと思いながら水月は答える。
「要するにエネルギーの変換効率を表す単位だな。エントロピーが低いと他の色んなエネルギーへと変換可能で、エントロピーが高いと他のエネルギーへの変換が難しくなるってわけ……」
「?」
「宇宙の熱的死って聞いたことはないか?」
「ありませんの」
「だろーなー」
水月はうんざりとする。
「エントロピーも熱的死も知らないってことは……アシュレイ……お前、教養系の授業なんて受けてないだろ?」
「当然ですの」
むしろ、
「誇らしい」
とばかりにアシュレイは胸を張る。
「はぁー……」
水月は長く溜め息をついた。
エントロピーや熱的死を知らないということがあり得ないのだとアシュレイはわかっていないらしかった。
「教養と言うのならメイザース家にとって魔術の習得こそ教養ですの。それ以外のことにかかずらう必要はありませんの」
「…………」
色々と言いたい不満をグッと呑み込んで水月は言う。
「……つまりだ……そういうエントロピーの法則や熱力学第一法則を無視して現象を起こす法則のことを魔法と呼ぶんだよ」
「熱力学第一法則って何ですの?」
「エネルギー保存則って言えばわかるか?」
「わかりませんの」
「そろそろ殺すか……」
水月がそう言うと、
「っ!」
アシュレイの侍女であるところのシアンが、ナイフを懐から取り出して水月とアシュレイの間に立った。
殺気を放つ銀髪銀眼のシアンの害意のこもった視線を受け止めながら、水月は頬杖をついたまま、
「無駄だぞ」
と結論付けた。
「本気で俺がアシュレイを殺そうと思えばお前に防ぐ術はねーよ」
どこまでも気楽に水月は言う。
「お嬢様に害意を持つ者全てがわたくしの敵です……!」
確固たる意志をもって宣言するシアンに、
「へ~、そう」
明らかに馬鹿にした様子で納得する水月。
そして一時的に頬杖をつくのを止めて、パンと一拍する。
「つまりエネルギー保存則を無視した法則を魔法と呼ぶんだな」
「エネルギー保存則って……」
「つまりどんなエントロピー状態であろうが宇宙のエネルギーの総量は変わらないっていう法則のことを指す」
「それがつまり……」
「そ。熱力学第一法則」
水月は頷くと、また教卓に頬杖をつく。
「これでわかったろ? つまり魔法ってのは一言であらわすのなら超熱力学第一法則……つまり熱力学第一法則を超える法則だ」
「それが……魔法……!」
驚愕するアシュレイに、
「そゆこと」
水月は首肯した。
「つまり熱力学第一法則を無視した法則を魔法と呼ぶため、それは何もマジックトリガーによるものじゃない」
水月は言葉を紡ぐ。




