楽しい魔術の実践論01
「くあ……」
と水月は欠伸をした。
「ん~……むにぃ……」
クシクシと眼を掻く。
そしてもう一度、
「くあ……」
と欠伸をする。
「はい水月……コーヒー」
真理が水月に目覚ましのコーヒーを与える。
「あんがと」
水月はカップを傾けてコーヒーを飲む。
「今日の昼飯は?」
「卵かけ御飯とマツタケのお吸い物です」
「まぁそれくらいなら……入るか……」
真理が日本食を供給するようになってから水月の食生活は変わった。
アメリカとヨーロッパの間にある……ここイクスカレッジでは肉や油ものや乳製品が氾濫している。
寝起きに食べるには胃がもたれるのだった。
日本人向けの店もあるにはあるが、食べるにせよ材料を買うにせよ、
「面倒くさくてしょうがない」
というのが水月の結論だ。
よって昼間に起きて三時のおやつを食べて夕食と夜食を摂ることもザラだったのである。
無論葛城さくらがいれば話は別だが……もうさくらはこの世にいない。
ナツァカパラドックスの一つである《死者の増殖性》故に会おうと思えば会えるのだが、水月は涙も絶望も大事にするとさくらと約束したのだ。
無理をしてまでさくらをこの世に呼び出そうとは思わなかった。
無論今の水月なら叶う願いであっても……だ。
ともあれ、
「…………」
水月はコーヒーをすすりながら感傷を断ち切る。
ちょうど水月がコーヒーを飲み終えると、
「はい。出来ましたよ水月」
卵かけ御飯とマツタケのお吸い物を水月と真理の分だけ真理は出してきた。
今日はラーラは来ていない。
何ぞの講義に出ているのだろうと水月は予想していた。
はずれであるが。
「では……」
と受け皿にカチンと音をたてさせてコーヒーカップを置くと、
「いただきます」
と合掌する。
それは真理も同じく、
「いただきます」
と合掌をした。
犠牲となった命に感謝する作法だ。
仏教圏内で育てば自然とそうなる。
そして水月は、卵かけ御飯をかきこむ。
それからチビリチビリとお吸い物を飲む。
「こんなメニューに感想を求めるのもアレですけど……どうですか?」
「美味いよ。俺は味オンチだから参考にはならんが」
「お吸い物はどうでしょう? 薄くはありませんか?」
「ちょうどいい。それに薄くても塩辛いよりマシだ」
「なんとも困惑する評価です」
「美味いって言っとるだろうが」
ズズと水月はお吸い物を飲む。
そして水月と真理は昼食を終えた。
全てを嚥下した後、
「真理~、茶~」
あごで使う水月に、
「はいな」
真理は嬉しそうに奉仕する。
そしてアイスティーを水月に出して、自身は食器の片づけを開始する。
「まるで夫婦みたいな光景だな」
と心中で呟く水月。
無論、増長させないために本人には言わないが。
水月がコタツ机で茶を飲んでいると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「はいはいはーい」
と真理が対応する。
「わ。アシュレイ……」
と驚く声が水月の耳にも届いてくる。
「またか」
と水月はうんざりする。
「あがりますの」
と声が聞こえてアシュレイとシアンが水月の視界に入る。
「シアン」
「なんでしょうか……お嬢様?」
「役先生に罰を」
「承知しました」
そしてスーツから乗馬用の鞭を取り出すシアン。
「――現世に示現せよ。前鬼戦斧――」
水月は呪文を唱えた。
銀髪銀眼のスーツ美女……シアンのかざした鞭が、水月の放った魔術たる風の斬撃によって手元から切り落とされる。
「「っ!」」
絶句したのはアシュレイとシアンが同時だ。
「次に同じことをしたらお前らを殺す」
両目をつむってアイスティーを飲みながら水月はゆったりと殺人を示唆した。
そして、
「で? 何の用だ?」
水月は真理とアシュレイとシアンの緊張感や戦慄感など皆無に思いながらアシュレイに問いただす。
「何の用も何も……午前中の講義をサボった役先生を訪ねて来たんじゃないですの。昨日の講義の続きをお願いしたく存じますの」
「何でソレが鞭に繋がる?」
「眠気を覚ますにはちょうどいいかと思いますの」
「物騒な話だな」
水月はアイスティーを飲む。
「いいから早く昨日の講義室に行きますの。ヴェルミチェッリ先生も待っていますの」
「さいか」
水月はアイスティーを飲みながらうんざりと状況を認めた。




