劣等生への講義12
カランカランと原始的な玄関ベルが鳴った。
生憎と月は叢雲に隠れている。
つまり夜。
こんな時間に水月と真理は南の繁華街のとあるバーに来ていた。
淡い光とジャズ音楽が水月と真理を出迎えてくれる。
そんな典型的なバーだった。
「あの……水月?」
「何だ?」
「本当に呑むんですか?」
「そのためにバーに来たんだろ」
そっけなく返して水月はジャケットを脱ぐとそれをカウンター席の椅子に引っ掻ける。
そしてその椅子に座り、その隣に真理が座った。
「いらっしゃいませ」
とバーの店主が丁寧に礼をしてくる。
「とりあずウィスキーとチョコレート。こっちにはパインジュースを」
この場合の「こっち」とは真理のことである。
頷いてマスターは準備に取り掛かる。
「あらぁそっちの子には呑ませないの?」
問うたのは水月の隣に座った客だった。
真理ではない。
水月の右隣に真理が、そして左隣にオカマが座っていた。
オカマは三十過ぎの無理のある女装をしていた。
染めているのだろう。
長い髪は紫色だ。
唇にはルージュを引いて、まつ毛も長く太い。
何より逞しい体に全く似合っていないカクテルドレスを着ている。
初対面の真理の感想は、
「気色悪い」
だった。
しかして言葉にするわけにもいかずムズムズと唇を揺らめかせる真理を見てオカマが言った。
「やーん。可愛いっ。食べちゃいたいっ」
そしてウィンク。
ゾクゾクと真理の背中に蟻走感がはしる。
そんな駆け引きを無視してマスターが水月の前にウィスキーとチェイサーを、真理の前にパインジュースを、そして二人の間にチョコレートを、それぞれ置くのだった。
ウィスキーを呑んでカッと熱くなった口内をチェイサーで鎮めると、
「で、何の用だボブ?」
水月はオカマをボブと呼んだ。
オカマ……ボブはブランデーを飲みながら、
「そんなことよりぃ。そっちの可愛い子は誰よぉ? 役先生は葛城先生一筋だったはずじゃなーい?」
そう皮肉ってくる。
「さくら一筋なのはその通りなんだが……まぁコイツの御守りを任されていてな。どっちにしろお前に紹介するはずだったんだ。ちょうどいいから今日紹介しようと思って連れてきた。まぁそうでなくとも真理の監視を任されている以上一緒に行動するのはしょうがないことなんだが」
「わけあり?」
「然り」
ボブの言葉に水月は即答した。
「水月……」
とこれは真理。
「何だ?」
「そちらのオカマさん……は誰?」
「名前はボブ」
「それはわかってるけど……」
「職業はドラッグデザイナーだ」
「っ」
真理が絶句する。
当然だ。
ドラッグデザイナーと言うのは要するに麻薬や、そのカクテルを扱ういわゆるところの汚れ仕事である。
しかして魔術師の育成を掲げているイクスカレッジでは重要な存在とも言えるのだ。
魔術を発動させるには強いイメージが必要だ。
それこそ空想と現実をごちゃまぜにして正気と狂気を混同させる精神状態を実現させねばならない。
そのために麻薬はとても重要なファクターとなる。
たとえば幻覚性。
幻覚を見るということは空想と現実を混同した証拠だ。
後は近代魔術における魔力の入力さえできれば魔術は発動する。
つまり魔術と麻薬は切っても切れない縁なのだ。
ちなみに水月は麻薬など使わなくとも血統の関係上……既に脳のシステムは壊れており、いつでも正気と狂気を取り違えることが出来るためソーマを代表とするイクスカレッジの一般向け麻薬を使ったことはない。
「で、俺を呼んで何の用だ?」
さっそく議題に入ろうとした水月に、
「んもう。無粋よ。せっかくだから酒を楽しみましょう?」
ボブがブランデーを飲みながら反論する。
「そっちの可愛い女の子も呑みましょうよ」
そんなボブの言葉に、
「いえ……私は……いいです……」
真理は遠慮した。
それもこれも過去のこと。
真理は酒を呑んで醜態を晒したことがあるからだ。
「あー」
と水月が言って、
「酒は勧めないでくれるか」
と牽制する。
「何でよ?」
「こいつ、酒癖がすっげえ悪いの」
「…………」
この沈黙は真理のモノ。
「別にそれが悪いとは言わないしストレス解消に酒を呑むのはいいんだが、用事も済まない内に呑ますと用事どころじゃなくなる」
「そうなの?」
ボブが真理に問う。
「はい……。恥ずかしながら……」
あはは、と真理は笑う。
そしてパインジュースを飲むのだった。




