劣等生への講義10
「じゃあラーラ、質問だ。世界はどうやって出来た?」
「仮説の段階ではありますけどビッグバン仮説が有力ですね」
「だな」
水月も肯定する。
「ビッグバン仮説ってなんですの?」
首を傾げるアシュレイに水月は大雑把にビッグバン仮説を説明し、それから言った。
「さて……じゃあビッグバン仮説を信じるとなれば世界各地の宗教や神秘思想の創造神話は嘘っぱち……ということにならないか?」
「……っ!」
驚愕するアシュレイ。
当然だ。
水月の言っていることは一見無茶苦茶だが間違ったことは何一つ無いのだ。
「創造神話の並行不可性……!」
「そういうこと」
水月は頬杖をついたまま気楽に言う。
「どれか一つの創造神話を肯定するのなら他の創造神話を否定することに他ならない。ましてや今時創造神話を心の底から信じるってのはナンセンス極まりない。まぁ『光あれ』から世界が始まっても別に驚きゃしないがな。ともあれこれは重大なパラドックスだ。あくまで魔導師ナツァカの言葉を借りればな」
「でも……古典魔術には正当性があるんじゃないんですの?」
「俺たちはそう思っていたさ。ただナツァカだけが納得しなかった」
はふ、と水月は吐息をつく。
「要するに幾つかあるナツァカパラドックスの一つにすぎないんだ……創造神話の並行不可性ってのは。しかしてそれぞれの神秘主義にある創造神話に出てきた神やマジックアイテムは現実として存在している。つまり矛盾だ」
「…………」
沈黙するアシュレイ。
水月は気楽そうに先を続ける。
「当然ナツァカはこの矛盾を解消すべく手を尽くした」
「と言いますと?」
「つまり世界各地の魔術やそれを背景とするそれぞれパワーイメージには何かしらの共通性があるとナツァカは睨んだんだよ」
「共通性……」
「然り」
水月は頷く。
「で? 共通性は見つかりましたの?」
「見つかってない」
ガクリとアシュレイはずっこけた。
「ここまで引っ張っておいてそれが結論ですの?」
「そしてそれ故に見えてくる結論があった。少なくともソレをナツァカは発見し、近代魔術へと繋げた」
「?」
金眼に疑問を乗せるアシュレイ。
「わかってるよ」
と水月は言う。
「そもそも世界各地で好き勝手に提唱された神秘主義どうしが共通性なんか持つはずは……当然ない。そこで思考停止するのが普通だ。現に俺もそうだった」
くつくつと皮肉気に笑う。
「しかしナツァカは違った……」
「魔導師……」
「ナツァカはこれらのナツァカパラドックスから一つのとんでもない仮説を提唱した」
「とんでもない……?」
「つまり、《魔術の儀式と結果との間に密接な関係性が存在しない》という仮説だ」
「どういうことですの?」
「前後即因果の誤謬って知ってるか?」
「知りませんの……」
「例えば……そうだなぁ……お前がAというボタンを持っているとしよう」
「ふむ……」
「お前がAというボタンを押すとaというライトが光るとする。逆にAというボタンを離せばaというライトは消えるとする」
「ふむ……」
「お前がAを押してaを光らせる。何度かAを押せばその度にaが光ったとする」
「ふむ……」
「さて……、じゃあ聞くがAのボタンとaのライトとの間に関係性があると思うか?」
「そりゃそうですの」
「何故?」
「何故って言われても……。だってそうでしょう?」
「実はAとaとの間に全く関係性は無く、むしろaはBというボタンを持った他人によって光っている可能性をどうして捨てられる? ただ偶然Bを押したタイミングとAを押したタイミングが同じなだけで、Aというボタンを押したこととaというライトが光ったことがただの低確率ながら並列して起こったことだという可能性をどうして捨てられる?」
「何が言いたいんですの?」
「魔術もソレと一緒だとナツァカは言いたいんだよ」
「つまり……魔術の儀式と魔術の結果とが偶然の一致で並列して行われているだけ……ということですの!?」
アシュレイは驚愕に目を見開いた。
「極論で言えばな」
水月は欠伸をしながらそう答えた。
「そんなはずが……!」
「誤解してほしくはないんだが関連性の根幹を疑っているわけじゃないんだ。ただマジックトリガーによって魔術が起こることに対して一定の疑問を差し向けただけで」
水月は言葉を重ねる。
「たとえば四大元素の火のシンボルを顕現して火の魔法を起こすとするだろ? でも火は火なわけよ」
「…………」
「たとえば五行思想の火気を顕現して火の魔法を起こすとするだろ? でも火は火なわけよ」
「…………」
「たとえば火の天使の恩恵を受けて火の奇跡を起こすとするだろ? でも火は火なわけよ」
「…………」
「たとえばソロモン七十二柱の魔神を召喚して火の魔法を起こすとするだろ? でも火は火なわけよ」
「…………」
「たとえば神道のカグツチの力を喚起して火の魔法を起こすとするだろ? でも火は火なわけよ」
「…………」
「……ほら。火を起こすという結果は全て同じでもそこに至る過程にはいくつもの道があるんだ。マジックトリガー……魔術の儀式と魔術の結果との間に密接な関係性があるってそれでもお前は言えるか?」
「…………」
「俺は言えねえなぁ」
はふ、と水月は溜め息をつく。
「無茶苦茶ですの……」
「そうか? 理路整然としていると思うが……」
「そんなことをイクスカレッジの魔術師たちは信じているんですの?」
「当たり前だ。さて、今日の講義はここまでだな。久しぶりに頭使って疲れたわ。真理……デートしね? ロマンスのケーキ食いに行こうぜ。糖分とらんと死ぬ……」
「先輩……私もデートします! 私も連れていってください!」
「あ~、じゃあ二股デートだな。アシュレイ?」
「何ですの?」
「教科書読んで今回俺が話したことを復習しとけ。あー……疲れた」
そう言って背伸びする水月だった。




