劣等生への講義09
「メイザース家なんかその筆頭だな。要するにソロモン七十二柱ってのは近代に登場した魔術なんだから」
「違いますの。ソロモン王の時代から脈々と続く歴史あるパワーイメージですの」
「本気で言ってんのかお前?」
「無論」
そんなアシュレイの言葉に水月は、
「やれやれ」
と心の中で嘆息した。
「あのな。ゲーティアが執筆されたのは十七世紀だぞ? それまでソロモン七十二柱なんて概念は存在していない。そもそもソロモン七十二柱は自分勝手なご都合主義と色んな神秘思想のパクリとによって成り立っているだろ。ある意味で古典魔術に敬意を払わないパワーイメージの主流だろう?」
「そんなこと……!」
「ないってか? 冷静に考えろよ。メイザース家が生まれて百五十年。そんな歴史の浅い新古典魔術思想なんだから古典魔術をパクるのは当然だと思わないか?」
「……っ!」
「そもそもにしてソロモン七十二柱は他の神話から借りてきた魔神や独創的な悪魔を並べ立てたものだ。しかもパクってきた神々を悪魔に堕として記述してある。それだけでも古典魔術に対する侮辱と思わないか?」
正論で追い詰める水月に、
「…………」
アシュレイは反論できずに押し黙る。
「要するに新古典魔術はパクリと独創によって成り立つ歴史の無いパワーイメージを元に立脚しているんだ。安く見られてもしょうがあるめえよ」
そう言ってガリガリと頭を掻く水月。
「ただここにもナツァカパラドックスが発生する」
「ナツァカパラドックス……」
「そ」
水月は頷く。
「そう言う意味では新古典魔術にも価値はあったってことになるのか? まぁいわゆる反面教師なんだが……」
「どういうことですの?」
疑問を呈するアシュレイに、
「つまり……ああ……」
と水月は言って、
「ラーラ」
ラーラを呼ぶ。
「何ですか先輩?」
「新古典魔術によって成るナツァカパラドックスを言ってみろ」
「新古典魔術による古典魔術の正当性否定……ですよね?」
「正解」
教卓に頬杖をついたまま頷く水月。
「どういうことですの?」
「つまりエリファス=レヴィ……マグレガー=メイザース……アレイスター=クロウリーに代表される新古典魔術思想は古典魔術思想のパクリの上に成り立っている。ここまではいいな?」
「納得はできませんが……」
「つまり正当性というモノが新古典魔術には存在しないんだ」
「む……」
やっぱり侮辱されて反感を持つアシュレイ。
その金眼の睨みを無視して水月は言葉を続ける。
「しかし新古典魔術は発動する」
「?」
「理論としての正当性が無いのに新古典魔術は確固として存在するんだな」
「当然でしょう」
「当然なわけあるか」
水月は否定する。
「古典魔術のパッチワークでしかない神秘主義の思想に正当性があるわけがないのに魔術として発動する。これは矛盾だ。そしてこの矛盾をナツァカパラドックスの一つ……新古典魔術による古典魔術の正当性否定と呼ぶ」
水月は、
「くあ……」
と欠伸をする。
そして言の葉を奏でる。
「つまり新古典魔術が魔術として成り立つ以上、古典魔術の理論は魔術そのものの成果と密接な関連性が無いのでは……という思想が出てくるわけだ。実際にこれを最初に指摘したのは魔導師ナツァカだが」
「魔導師ナツァカ?」
「ああ、近代魔術の父にして現代魔術に多大な貢献をもたらした魔術師だ。魔術を導いた存在として世界で唯一魔導師と呼ばれる偉人だな」
「魔導師……」
「ナツァカが指摘した魔術におけるいくつかの矛盾を指してナツァカパラドックスと呼ぶ。実を言えば古典魔術だけでもナツァカパラドックスは存在する」
「後で説明すると言ったアレですの?」
「そ」
頷いて、
「真理」
と水月は真理を呼ぶ。
「何でしょう?」
答える真理。
「古典魔術の持つナツァカパラドックスと言えば?」
「創造神話の並行不可性……ですね」
「正解」
水月は首肯する。
「それは何ですの?」
問うアシュレイ。
対して水月が答える。
「世界にはマジックアイテムが多数存在しているのは知っているか?」
「それは……まぁ……」
「時に神代のマジックアイテムがあることも当然知ってるよな?」
「それは無論」
「たとえばポセイドンのトライデント。たとえばルーのブリューナク。たとえばイザナギの天沼矛。ことほど左様に神話世界のマジックアイテムが地球には現存する。さて……ここで問題だ」
「何ですの?」
「宗教には必ず創造神話というモノが存在する」
「当然ですの」
「そして創造神話を象徴するような確固たる神代のマジックアイテムが存在する。イザナギの天沼矛が良い例だ」
「ですの」




