劣等生への講義06
「あー……」
水月は呟く。
「面倒くせー」
本心だった。
ここは水月たちの通う学園の共通棟の一室。
大講義室ではないため高低差は無く、同じ高さに机と椅子が並んでいる。
マニアックな……一般的な講義には使われない寂れた教室だ。
水月がコンスタン教授に、
「午後に空いている教室はないか?」
と尋ねて帰ってきた答えが、つまりこの教室であったのだった。
水月はいくつかの教科書を教卓において、その教卓に頬杖をついて座る。
それから小さな教室を見渡して、
「で?」
と呟く。
「で、とは?」
と答えたのはアシュレイ。
「お前に言ったわけじゃねーよ」
辛辣な水月。
「む……」
と眉間にしわを寄せるアシュレイを放っておいて、
「なんでお前らまで此処にいる?」
ラーラと真理に問うた。
そう。
これは水月がアシュレイに、
「魔術とは何ぞや」
と講義するための時間と場所だ。
そこにラーラや真理が介在する余地は無い。
しかして、
「だって水月先輩の講義が興味深くて」
ラーラはそう言い、
「水月になら教わることがたくさんあるでしょうから」
真理はそう言った。
つまりラーラと真理も講義に参加しているのだった。
「なんでこうなるかね」
うんざりと水月。
「早く始めるの……役先生」
アシュレイが勧めた。
「わかってるよ」
水月はなお不満そうだ。
かといってラーラや真理を追い出す口実も見つからない。
結局そのまま講義をすることに決める水月だった。
アシュレイはノートを開きペンを持つ。
それは講義を受ける者の最低限の礼儀だったが、水月にとっては意味の無い行為と言わざるをえなかった。
実際ラーラも真理も徒手空拳にて講義を受けている。
そもそもにして魔術とは実践だ。
講義を受けたから得られる……という代物ではない。
が、
「まぁいいか」
というのが水月の見解だった。
本人がノートを取ろうとしているのだから、そのやる気をあらゆる意味で削ぐのは好ましくないと考えた。
そして、
「あー……」
と教卓に座ったまま無意味に呟いて、
「どこから話したもんか……」
と水月は悩む。
「早く講義を始めてほしいの」
そんなアシュレイの言葉に、
「とは言っても……なぁ?」
水月は困惑する。
何から話せばいいのか。
そもそも自身が魔術の講義をするなぞと思っていない水月だったのだから、困惑するのは当然と言えた。
それから、
「うーん」
と悩んだ後、
「じゃあ魔術の分類から始めるか」
水月は言った。
「分類?」
首を傾げるアシュレイに、
「分類」
水月は頷く。
「現代魔術にはいくつかの魔術の分類の仕方が存在する」
「…………」
「たとえばシンボリック魔術と非シンボリック魔術……」
「シンボリック魔術と非シンボリック魔術……」
「そう。魔術らしい魔術と個人的な魔術といえばわかりやすいか?」
「わかんないんですの……」
「魔術を扱うにあたってシンボルとして表せる魔術と、それ以外の魔術を指すな」
「…………」
「例えば火を自在に操る魔術師は魔術師っぽいだろう? あるいは水を……あるいは風を……あるいは土を……あるいは剣を……魔術として自在に操ることのできる魔術師は真なる意味で魔術師っぽいだろ?」
「それは……まぁ……」
おずおずと肯定するアシュレイ。
「つまり四大元素や五行相剋なんかのシンボルとしての魔術を指してシンボリック魔術というんだな」
「ふむ……」
「他にも発生魔術と干渉魔術……消費魔術と障壁魔術……質量魔術と仕事魔術と時空間魔術……他にはブリアレーオ魔術ってのもあるな」
水月は淡々と言葉を紡いでいく。
「それらは……何なんですの?」
問うアシュレイに、
「ああ、別に覚えなくていい」
サラリと水月。
「つまり魔術にはそんな分類が存在すると思ってもらえればそれでいい」
「はあ……」
ポカンとするアシュレイ。




