劣等生への講義05
次の日。
「む……」
水月はまるで老人が、
「入れ歯がずれた」
とでも言いそうな表情をした。
無論水月は入れ歯ではない。
念のため。
時間は十三時……つまり午後一時。
正午も終わろうとするこの時間にちょっと遅めの昼食を摂る水月と真理とラーラだった。
場所は水月の宿舎。
そして真理の宿舎でもある。
ちなみに先の水月の反応は漬物を食べた時のソレである。
「美味いな」
そう言うと、ラーラが、
「っ」
パァッと表情を華やがせた。
漬物を褒められたことが嬉しいらしかった。
「光栄です!」
「あさ漬けなんてイクスカレッジに売ってるんだな……」
「いいえ。このあさ漬けはラーラが漬けたんですよ?」
「マジ?」
「マジです。ね? ラーラ?」
自分のことのように自慢げな真理の言葉に、
「はい。ですです。好感触みたいで光栄ですです」
ラーラが同意する。
「いつのまにそんな準備を……」
「水月先輩が寝ている時間で十分に出来ますよ」
「ふーん」
カリッときゅうりのあさ漬けを噛む水月だった。
それから真理の作った豚汁を飲む。
「どうでしょう?」
「美味いよ」
基本的に意地悪やからかいの類でない限り水月の言葉は率直だ。
それを知っているから真理は心から喜び、次の料理にも力を入れようと決意することが出来るのだった。
そうやって白米をあさ漬けとともに食べて、口直しに豚汁を飲む。
胃に優しい日本食の真骨頂がここにはあった。
ちなみに水月が起きたのが十二時五十分であるから、起きたばかりで即昼食……にもかかわらずあっさりと喉を通るのは日本食だからだろう。
これが肉や乳製品や油ものだったら確実に胃がもたれるのだが、家庭的な日本食だとそんな心配はいらないのだ。
そして、
「けぷ」
と簡素に満腹の吐息をついて、水月は、
「御馳走様でした」
一拍した。
「では片付けてしまいますね」
「真理……私も手伝う」
「お願いします」
そんなこんなで全員分の食器を洗い出す真理とラーラだった。
さてこれからどうしようか、と頭を巡らす水月の耳にピンポーンと軽快な音が聞こえてきた。
「客か」
と思ったのは水月とラーラと真理が同時だ。
それから水月が寝っ転がってキッチンと直結している玄関を開け放たれている扉越しに見ていると応対した真理が二三言葉を交わして客を招いた。
玄関を開けた先に立っていたのは金髪金眼のゴスロリ美少女と銀髪銀眼のスーツの美女の二人だった。
要するにアシュレイとシアンだ。
「邪魔するの」
と呟きアシュレイは宿舎に入ると、ツカツカと苛立たしげに足音を立てて水月目掛けて歩み寄り、上半身を起こしてアシュレイと対峙した水月の頬を引っ叩いた。
避けるに苦にしないその一撃をあえて受けて水月は問う。
「何するんだ。場合によっては消すぞ?」
「午前中はわたくしたちのクラスはトランスセットの講義ですの。なんで出席しませんでしたの?」
「出る意味が無いからな」
「役先生はわたくしの教師ですの。ならばこそわたくしを指導する義務がありますの。それを放棄して良いわけがありませんの」
「トランスセットなんて馬鹿馬鹿しくてやってられるかよ」
水月は皮肉気に肩をすくめる。
「俺にしたってラーラにしたって真理にしたってトランスセットに出る意義が無いからな。別にサボっても問題ないだろう?」
「私はまだトランスセットは必要としてるんですが……」
そんなラーラの言を水月は無視する。
「役先生、ヴェルミチェッリ先生、只野先生のことは聞いておりますの。でもそれとこれとは話が違いますの」
「ふーん」
どうでもよさ気に水月は頷いた。
そして、
「真理、茶をお願い。アイスティー」
「了解しました」
真理とそんな応酬をする。
そして真理がアイスティーをカップに注いで水月に出すと、水月はカップを傾ける。
アイスティーを喉に通し、
「ほふ」
と吐息をつく。
「つまりなんだ」
水月はアシュレイに言う。
「俺がお前を導けばいいのか?」
「その通りですの」
「まぁやって出来んことはないがあまり期待はするなよ」
「魔術師役先生の講義なら聞くに値しますの」
「さいですかー」
水月の言葉には元気が足りなかった。
当然といえば当然である。
魔術師の講義を受けて魔術師になれるのならば苦労は無いからだ。
「ま、後はお前がどれだけのものかって話だよな。わかった。午後から講義してやるよ」
水月は一つ頷くとティーカップを傾けるのだった。




