ザ・ワールド・イズ・マイ・ソング23
「私の家族はエリート志向を地で行くソレでね。私にも血を吐くような勉強が強制されていたの……」
「…………」
「私はあんまり頭が良くなくてね。だから余計のこと両親の怒りを買って勉強漬けにされたの……」
「…………」
「目標のT大合格率がC評価。だから両親は私を怒鳴りつけて勉強に費やさせたの……」
「…………」
「大学受験も近づいて……ストレスに吐血しながら勉強をしていたら……いつの間にかプレキューとツウィンズのソフトが私の部屋に現れた」
「…………」
「そして私はツウィンズをプレイした。テレビの代わりにパソコンのモニターに繋げて」
「…………」
「最初は意味がわからなかった。ゲームの世界に来たなんて。でもそれが実感を伴うようになってから私の世界は変わった」
「…………」
「ここは勉強しなくてもいい世界。ずっと遊んでいられる世界。だから私は地獄みたいな勉強三昧の生活から逃げられたって思った……」
「…………」
「でも一つだけ難点があった」
「…………」
「この世界はプレイヤーとノンプレの区別がつかない。だから誰を信じていいのかわからない……」
「…………」
「だから私はギルドに所属せずにソロプレイで遊んだ」
「…………」
「寂しかったけど……現実世界には帰りたくない……。その一心で私はツウィンズの世界を駆け抜けた」
「…………」
「現実から逃げてるのはわかってる。でもさ……。でもね……。それでも私は現実世界に帰りたくない……」
「…………」
「こっちの世界に来てもう二年が経ったよ。物理や数学の方程式も……あるいは英語の訳し方も忘れちゃった。今現実世界に戻っても私は無能であるしかない。だから私はもう現実世界に帰れない……」
「…………」
「わかってるよ。これが逃避なのは。でももう後には引けないところまで私は追い詰められているの……」
「…………」
「私は無能で……もう勉強なんかしたくない。だからこっちの世界は……ゲームの世界は居心地が良い。だから私はこっちの世界にいたい」
「…………」
「でも一人は寂しい……。だから……水月といつまでも一緒にいたい……」
「俺が基準世界から来た人間だからか?」
「それもある。でもそれ以上に……水月は格好良いから……」
「ふむ」
と思案した後、
「代わりに条件がある」
水月はそう言った。
「条件?」
「条件」
コクリと水月が頷く。
「もし俺が優勝したら……だ」
「あ……あう……」
セナは呻いて、
「わかってる」
と悟る。
「ほう。わかったのか?」
水月の問いに、
「うん」
とセナは頷く。
そして寂しげな表情を見せながら、
「水月が優勝したら現実世界……基準世界に帰れって云うんでしょ?」
至極真っ当な結論をセナは下す。
しかして、
「違うな」
と水月に否定される。
「え?」
ポカンとするセナ。
「もし俺が優勝したら……セナ……お前は誇りを持ってこの世界で生きろ」
「誇りを持って……?」
「その通り」
ニヤリと水月は笑う。
「そんなこと……出来ないよ……。私のこれは逃避なんだから……」
「ザ・ワールド・イズ・マイ・ソング……」
ポツリと水月が言う。
それはつまり「その世界は私の歌」という意味だ。
「この世界がどんな理由で成り立っているのか……お前にはわかるか?」
そんな意地悪な質問を水月はする。
「アークテスト……神の試練……だっけ……?」
先に水月に聞かされた言葉を繰り返すセナだった。
しかして水月はバッサリと否定する。
「ここは……この世界は……アークテストの試験場なんかじゃない……」
そう水月は言葉を紡ぐ。
「アークテストじゃない……?」
呆然とするセナに、
「そゆこと」
水月は頷く。
「じゃあこの世界は……」
セナは問う。
「何なの……?」
「タイトル通りだろうよ」
さっぱりと水月。
「タイトル通り?」
「ザ・ワールド・イズ・マイ・ソング」
「その世界は私の歌……」
「その通り」
「どういうこと?」
「それは宿題にしておこうか。このザ・ワールド・イズ・マイ・ソングがどう云った世界なのか。それをお前は考えるべきだ」
「…………」
水月の意地悪に沈黙するセナ。
「ま、発想の問題だな。わかる奴にはすぐわかる」
そう言って水月は肩をすくめる。
夜の闇に輝く花と妖精と月の微光だけが水月とセナを照らす。




