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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
初恋はさくらの如く
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第一エピローグ09

(さて……)


 水月は、広い天井に向かって、溜息をついた。


 イクスカレッジ教育棟の、隅っこに建設されている多目的ホールは、無駄に広いスペースを持っており、たまに警察の訓練場所として使われることがある。


 そんな場所で、水月は、三人の警察官と対峙していた。


 三人が三人とも、かっちりとした制服を着ているので、警察に所属しているのであろうことは、疑う余地もない。


 つまるところ、結局、水月は警察の訓練に巻き込まれたのだった。


 無個性という個性を獲得している三人の警察官は、水月の知人ではなかったため、名前も知らず、それゆえに水月は、心の中で左から順に……ミスター、ムッシュ、シニョーレという仮名をつけることにした。


(何をどうしたらこんなことになるのやら……)


 目に見えない誰かに向かって、水月はそんな愚痴を吐き、それから目の前の三人の警察官と対峙する。


 一対三。


 こんな状況で、しかし水月に緊張は無く、硬直も無い。


 三人の警察官の瞳から発せられる……敵意にも似た緊張感を受け止めながら、水月は来るべき時を待った。


 水月の視界の端では、ケイオスが、右手を高々と掲げている。


 それが合図の印。


 ケイオスは掲げた右手を、勢いよく振り下ろすと同時に、


「はじめっ!」


 訓練開始の合図を叫んだ。


「「「ふっ!」」」


 同時に聞こえてきた、気合の呼吸が三つ。


 ミスターとムッシュとシニョーレは、タイミングを合わせて、駆け出した。


 ムッシュはまっすぐ水月へと向かい、ミスターとシニョーレは左右に分かれて迂回するように間合いを詰めてくる。


 つまり、数にものをいわせた、挟み撃ち作戦というわけだ。


 ちなみに素手の水月と違い、三人が三人とも、警棒を所持している。


 迂回しているミスターとシニョーレよりも、一足も二足も速く、ムッシュは水月の間合いに踏み込んだ。


 裂帛の気合で、臆すことなく踏み込んでくるムッシュに、心の中で賞賛を送りながら、まるで握手を求めるかのように、水月は左手を無造作に差し出した。


「っ?」


 水月の意図が読めなかったのか、一瞬怪訝な顔をするムッシュ。


 そこに、ためらいが生まれた。


 次の瞬間、水月の右足が綺麗な弧を描いて、ムッシュの顎をかすめた。


 糸が切れた人形のように、倒れこんで、ムッシュが気絶する。


「はい一人目」


「「早っ!」」


 ミスターとシニョーレが、驚愕に顔を歪めた。


 こんなにも早く、ムッシュがやられるとは思っていなかったのだろう。


 正面左右からの挟撃作戦の一端が崩れる。


 しかし、それでもまだ、ミスターとシニョーレの方が、数的にも位置的にも、有利だった。


 左右からの、完全な挟撃だ。


 常人には対処できようはずもない……が、水月は冷静に対処した。


 左右から同時襲いかかる警棒の、それぞれ握った手首に、手刀をあびせる。


 ミスターが警棒を止め、シニョーレは、警棒を取りこぼした。


 ミスターが再度警棒を振りかぶることと、シニョーレが掴みかかることは同時だった。


 水月は掴もうとするシニョーレに、わざと手首を掴ませると、合気の要領で、シニョーレをミスターへと投げつける。


 ミスターの警棒は、うまい具合に、シニョーレの脳天へと直撃した。


 崩れ落ちるシニョーレの、頭部の落下に合わせて、水月の踵落としが、さらに駄目押しをする。


 水月の踵と床とに頭部を挟まれて、シニョーレの意識は失われた。


「はい二人目」


 言って、ユラリと脱力する水月。


 そこに何を感じ取ったか、ミスターは後退した。


 追いかけようと、一歩間合いを詰めた水月に、過敏に反応して、さらに後退して距離をとるミスター。


 二人の距離は、五メートルにまで広がった。


「ふむ……」


 と、それだけ呟いて、水月は、それ以上追わなかった。


 そして、


「――現世に示現せよ――」


 代わりとばかりに呪文を唱える水月。


「――迦楼羅焔――」


 水月の右手から炎の塊が発生し、高速で射出されると、それはミスターのすぐ横をかすめて、多目的ホールの一角で爆発し、柱も壁も、木材もコンクリートも、全て纏めて爆砕した。


「…………」


 言葉を失うミスターに向かって、水月は皮肉げに口の端をつりあげると、


「減点1ってところだろうな。ケイオスに言わせりゃ……」


 そんなことを言った。


「お前も警察なら魔術師との戦闘の基本くらい習わなかったか? 魔術師と戦っている最中に距離をとるってのは自殺行為もいいところだ。この隙に長射程大威力の魔術で吹っ飛ばしてくださいって言ってるようなもんだぜ? これが訓練じゃなきゃこのタイミングで死んでるよ、お前」


 ぐうの音も出ない水月の正論に、しかしそれでも間合いを詰めようとしないミスター。


「まぁ距離を取りたくなる気持ちもわからんじゃないが……このままってのも埒があかないしなぁ」


 後頭部を掻きながら、水月は散歩でもするかのように、ミスターに向かって歩き出す。


「っ!」


 怯えたように、さらに距離を取ろうとするミスター。


 水月は歩きながら、今度こそミスターに、右手の照準を合わせて呪文を唱える。


「――現世に示現せよ――」


 水月なりの忠告に、ミスターは後退を止めて、覚悟を完了させたような表情になる。


 水月は、その覚悟を心地よく感じながら、あっさりとお互いの接触距離まで、踏み込んだ。


 もう、互いに、攻撃可能圏内。


 しかし自ら仕掛けるでもなく、ミスターの攻撃を待ち構えるでもなく、ただポツリと水月は呟いた。


「ほら、接触半径内だぞ?」


 水月の挑発。


 そのからかいを、どう受け取ったか。


 ミスターは、一歩踏み込んで、警棒で殴りかかってきた。


 が、水月も一歩退くことで、それを紙一重で避けた。


「どうした? とどいてないぞ?」


 二度、挑発する水月に向かって、ミスターはさらに踏み込み、先より深めに警棒を振る。


 その警防は、斜め上から水月へと向かい、しかし水月の右手によって、優しく受け流された。


 警棒を振りきって、隙だらけになったミスターの、そのこめかみに水月の中高一本拳が突き刺さる。


 水月は、よろけるミスターの足を、引っ掛けて転がした。


 慌てて起きたミスターが、がむしゃらに警棒を振り回した。


 水月は、斜め下からの警棒は足をひっかて軌道を逸らし、真上からの警棒は体を半回転ひねることで避け、ついには真横から振られた警棒を片足で叩き落して踏みつけた。


 軽業の一言で片付けるには、あまりに洗練されており、かつ突拍子もない妙芸だ。


「松林蝙也斎曰く、足譚ってな」


 水月は、ミスターの喉を、もう片方の足のつま先で蹴り上げ、手元まで上がってきたミスターの人中に一本拳を突き刺した。


 ミスターが痛みで悶え転がる。


「はい三人目」


 そう言って、水月は、少し離れた場所で一部始終を見学していたケイオスの方へ、振り向いた。


「こんなもんだろ」


 そう皮肉げに言う水月。


 ケイオスは笑っていた。


「うーん、圧巻だね。仮にも逮捕術の訓練を受けた警察官を三人同時に相手にしておきながら苦もなく一蹴するなんて。ますます欲しい人材だよ、役君」


「やはり野に置け蓮華草ってな」


 と水月は返す。


 少し離れた場所で、水月の活躍を見ていたアンネが、水月へと近づき抱きつく。


 アンネの顔には、憧憬にも近い表情が映っていた。


「すごいね水月ー。空手も強いんだねー」


「空手じゃなくて剣術」


「えー、でも刀なんて持ってないじゃんー」


「剣を極めていくと刀が邪魔になるケースはしばしばある。魔術と二足のわらじだが、一応これでも京八流っていう由緒ある流派だ」


「なんで魔術を持ってるのに武術までー?」


「魔術ってのは無闇にコンセントレーションが必要な上に、どんだけ短縮しても魔力の入力と演算の二つの儀式を行なう必要がある……から近接戦闘には決定的に向いていないんだよ」


 言いながら、腰に抱きついているアンネを引き剥がし、デコピンを見舞う水月。


 同時に、ケイオスが、待機していた警察官らに、号令をかけた。


「よし、訓練を再開するぞ。次の者、名乗り出ろ!」


「「「えーっ!」」」


 各方面から、不満の声が上がった。


「あの役先生と訓練なんて」


「何べんやっても勝てるわけないでしょうに」


「これは訓練という名のイジメですぞローレンツ先生!」


 順番よく言葉を並べて抗議する警察官ら。


 ケイオスは、そんな軟弱なことを言い出す警察官らを、順番に睨みつけて、それからどなった。


「貴様ら、イクスカレッジにおける警察機構の最も重要な職務を知らんでもあるまい! それは暴走にはしった魔術師を鎮圧するために他ならないだろう! 母ちゃん情けなくて涙が出るわよ!」


 ケイオスは、まだ逮捕訓練を止めるつもりはないらしく、水月が心の中で疲労の嘆息をついたとき、


「やーっと見つけたーっ!」


 第三者の声が、多目的ホールにこだました。


「何事か」


 と水月、アンネ、ケイオス、果ては警察官一同が声のした多目的ホール内部玄関口へ、いっせいに振り向く。


 そこにいたのは、


「先輩、授業サボってるから屋上にいるかと思えばいないですし! 学校中探し回っちゃったじゃないですか!」


 ラーラ=ヴェルミチェッリだった。


 先ほどまで走っていたのだろう。


 息は切れ、髪のウェーブは後方に流れていた。


 ラーラはビシィと水月を指差し、


「どっかに行くなら一言そう言ってくださいよっ!」


 堂々と、手前勝手なことをほざいた。


「お前に逐一報告する必要なんてないだろ……」


「またそうやって私を虐めるんですから! 女の子を軽んじるものは女の子に報復されるんですからね!」


「言ってろ」


 どこまでも、水月は、取り合わなかった。


 そんな水月のジャケットの袖を、クイクイとアンネが引っぱった。


「水月ー。お腹すいたー」


「……そういやもうすぐ昼だな」


 水月も腹部を押さえながら、腹時計で時間を確認する。


「アンネ、飯でも食いにいくか?」


「ひどく賛成ー」


 そう言って、アンネが頷いたところに、


「ちょっと待ってください先輩! 私と食べましょうよ!」


 ラーラが、口を挟んできた。


「は? 俺と? お前が? 何で?」


「ええっとー……ポ、ポストが赤いから、とか……。と、とりあえず……! 今日の先輩は私と一緒にご飯食べましょう!」


「それが決定事項だ」とでもいわんばかりの態度で、ラーラは水月のジャケットの袖を引っぱる。


 そんなラーラを、不満げに睨みつけながら、


「何でよー。水月は私とご飯食べるんだからー。横からしゃしゃり出ないでよー」


 アンネも、また負けじと、掴んでいた袖を引っぱる。


 右からはアンネに引っぱられ、左からはラーラに引っぱられ、水月の体が大岡裁き状態で左右に揺れていたところに、


「何を馬鹿なことを……!」


 さらにこの状況に、ケイオス=ローレンツが割って入った。


「まだ警察の逮捕訓練は終わってなどいないぞ役君。貴様、途中で抜け出す気か」


 ケイオスも、また手前勝手なことをほざきながら、水月の服の襟を引っぱった。


 右からアンネが、左からラーラが、後ろからケイオスが、水月の袖やら襟やらをグイグイと遠慮なく引っぱり、水月はその力のせめぎあいに身を任せて、グラグラと揺れた。


「先輩! 私と食べましょ!」


 グイグイ。


「水月ー。お腹減ったー」


 グイグイ。


「役君! 訓練がまだ……!」


 グイグイ。


 大岡裁きは、一向に終わりそうにない。


 さてどうしてくれよう、と水月が、半ば真面目に思案したところで、


「――SicutEratInPrincipio――」


 突然、一人が、魔術の呪文を唱えた。


 アンネだ。


 同時に、ラーラとケイオスが水月から手を離して、シャツの胸の部分とスカートの裾の部分を押さえた。


 こころなしか、二人の頬は、紅潮していた。


「さて、彼女らは譲ってくれたようだ。水月、行こうか」


 アンネがそう言う。


「は……? え……?」


 よく状況が飲み込めなかった水月が、戸惑う。


「聞こえなかったのならもう一度言う。僕は空腹だ。食堂へ行こうか」


 そう言って、アンネは、水月の耳を「千切れよ」とばかりに引っぱって、歩きだした。


「あいた、いたたた、いたたたた」


 とりあえず……わけがわからないままに、水月は、アンネを学食へと連れていった。


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