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プロローグ

この作品には不謹慎かつ不適切な表現が含まれています。

ご了承ください。

 死のう。

 朝、目覚めると同時にそう思った。


 二十四歳にして無職、独身、多重債務者。それが俺だ。

 高校卒業後、大学受験に失敗し実家を追い出された。もう一年頑張ってみればいいとお袋は言ってくれたが、親父がそれを許さなかった。俺の家は古くから続く武家の血筋で、親父は外聞ばかり気にしていたのだ。

 まあ、だからといって親父が憎いかといえば、それは無い。

 確かに親父からゴミだの一族の恥さらしだのと言われたのは頭にきた。我慢できずに反抗もした。しかしお袋には悪いが、俺には浪人しようなんて気はさらさらなかったのだ。小学生の頃から親父は俺を塾に通わせ、帰りが深夜になろうとも翌日の予習を強いた。高校でも周りが部活、遊び、色恋沙汰にかまけている間、ただ机に向かい続けた。全ては良い大学に行くため。俺は元から頭の良い人間ではなかったが、大学受験をする頃には、有名な某私立大にギリギリ手が届くくらいにはなっていた。周囲も、俺自身も期待していた。

 そして受験当日、俺はインフルエンザにやられた。

 試験を受けることすらできずに届いた不合格通知。

 自分を追い込むために、一つも滑り止めを受けていなかった俺の受験戦争は、惨敗に終わった。

 不合格?

 ふざけるな。

 青春時代と呼ばれるものを全て犠牲にした努力が、たった一枚の紙切れで否定されたのだ。全ての努力が、等しく報われるわけではない。そんな不条理に俺は荒れ、親父も俺に対する態度を変えた。遂には襟を掴まれて言葉通りに家から放り出され、行き場の無い俺は、なんとなく上京した。

 初めのうちは俺も生きるために渋々働いた。高卒ではアルバイトくらいしかできなかったが、一人で生活する分にはそれほど困らなかった。勉強ばかりしていて無趣味だったというのも、薄給暮らしには都合がよかった。六畳間に簡易キッチンがあるだけの部屋での生活。高校生時代、志望校に受かったならしようと考えていた一人暮らしとはだいぶ違う。それでも、親の束縛からの解放が俺の心を軽くし、この生活もまんざらではないと思わせていた。

 あんなことがあるまでは。

 上京して一年、仕事帰りの俺の足は重かった。一度努力を否定されたせいか、地道に働くことに苦痛を感じ始めていたのだ。いくら働いても、所詮俺はアルバイト。社員の連中が、同じ時間で俺よりも多くの給料を受け取るのが腹立たしかった。

 いっそ、働かずに金が入らないものか。考えていたのはそればかり。

 そんな時、俺の目に眩い光が飛び込んできた。入り口を飾る花輪に、『新装開店』と書かれたのぼり。俺は無意識のうちに、騒々しい店内に足を踏み入れていた。

 パチンコなんて、ルールもよくわからなかった。とりあえず適当な席に座り、千円を投入。レバーを捻ると玉が釘の上を跳ね回り、画面の数字が動き出す。

 ぼーっとしながら玉が穴に吸い込まれていくのを見ていると、突然、後ろから大きな音がした。中年の男がパチンコ台に向かって文句を言っていた。そんなに熱くなるなよと、その時は思った。見てみれば、男の足元にはまだ沢山の玉が残っており、対して俺の箱はほとんど空。無駄金を使った後悔に打ちひしがれながら帰ろうと立ち上がった。

 しかし、そんな俺を呼び止めるかのように、台が光り出し、同時に流れ出すリズミカルな音。画面の中ではキャラクターが慌しく動いていて、そいつらが行動する度に、台から玉が溢れ出した。わけがわからないまま続けていると、人が集まり、途中ではやめられない雰囲気になってしまった。玉の濁流はその後も幾度と無く訪れ、最後は店員が頭を下げに来た。店員から終了してもらうお詫びにと封筒を持たされた。店を出た時、財布は曲がらなくなっていた。

 たった数時間で、バイト数十時間分の収入。

 それから俺は、一切の努力をやめた。

 バイトには行かなくなり、代わりにパチンコに通い始めた。

 やがて負けが込むようになったら競馬に手を出し、さらには競艇、競輪、麻雀、最近では違法カジノにも通っていた。所詮あの時の当たりはビギナーズラック。あらゆるギャンブルで負け続け、すぐに借金まみれになった。無担保ローンで金を借りては博打。借りた金は、別な業者から借りて返済。闇金にまで手を出して、今では借金が宝くじのコマーシャルみたいな額になってしまった。

 本当に裏社会の人間なのかと疑わしいほどに愛想の良かった闇金業者も、本性を表して執拗に追いかけてくる。どれほど追いかけられても、とても返せる金額じゃない。

 もう死ぬしかないのだ。

 借金なんて知ったことか。

 朝食代わりにスナック菓子を食べ、テーブルの上に山を築く請求書を床に払い落とす。その中から一枚を抜き、近くに転がっていたボールペンで、裏に文章を連ねる。最後に拇印を押し、履歴書を買った時に付いてきたが余ってしまった封筒に入れた。封筒には大きく「遺書」の二文字。

 準備も整ったことだし、早速、死にに行こう。

 それにしても、どうせ最後の飯になるのなら、もっと良い物を食べたかった。世界三大珍味にフカヒレ、アワビ、マツタケなんて非現実的なことは言わない。せめて駅前のラーメン屋でチャーシューメンをすすりたかった。

 まあ、こんな始発が出たばかりの時間じゃあ、どこも開店してないだろうからしかたないし、そもそも金が無い。あの世では腹いっぱいに美味いものが食えることを期待しよう。

 生ぬるい水道水で腹を満たし、立て付けの悪い扉から街へと出た。

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