くまさんにいってごらん
いってごらんいってごらん。
くまさんにいってごらん。
きみのなやみをいってごらん。
たのしいことも、うれしいことも、くるしいことも、かなしいことも、ぜんぶ、ぼくにはなしてごらん。
ぼくはそれをたべて、おおきくなるんだよ。
きみといっしょに、おおきくなるんだよ。
◆◇◆◇◆
わたしの、くまさん。
くまさんは、おおきくて、ふかふかしていた。
くまさんは、だきしめると、いいにおいがした。ねむるときには、くまさんをぎゅっとだきしめて、いいにおいにつつまれながら、ゆめをみた。
おへやにいるときは、いつでも、くまさんとおしゃべりをした。
おえかきをするときも、おふろにはいるときも、ごはんをたべるときも、いっしょだった。
くまさんは、わたしの、いちばんのおともだちだった。
わたしは、くまさんがだいすきだった。
くまさんも、わたしがだいすきだといった。
くまさんとわたしは、いつもいっしょにいた。
こわいゆめをみたときも、くまさんをだきしめると、あんしんした。
わたしは、いろいろなことを、くまさんにはなした。うれしかったことも、たのしかったことも、かなしかったことも、ぜんぶ、くまさんがきいてくれた。
「くまさんにいってごらん」
わたしがないていると、かならず、くまさんはそういった。
あんまりにくるしくて、つい、くまさんをたたいてしまったこともあった。ひどいことを、いってしまったこともあった。「くまさんのばか」「くまさんなんてきらい」
それでもくまさんは、くりかえした。
なんどでも、くりかえした。
「くまさんにいってごらん」
◆◇◆◇◆
ちいさかったわたしは、おとなになっておおきくなった。
くまさんも、わたしといっしょにおおきくなっていった。
くまさんは、むくむくと、おおきくなった。おとなになったわたしよりも、ずっとずっと、おおきくなった。どんどん、どんどん、おおきくなった。
わたしはもう、ひとりでねむれるようになっていた。
なやみをそうだんできる、おともだちもできた。
たいせつなたいせつな、こいびともいた。
いつのまにか、くまさんとは、あまりはなさなくなっていた。
だから。
くまさんは、もう、いちばんのおともだちではなくなっていた。
「くまさんにいってごらん」
わたしは、もっとおとなになって、おひっこしをすることになった。
わたしは、くまさんとおわかれをすることになった。
くまさんは、わたしのあたらしいせかいには、つれていけなかった。
わたしはくまさんとおわかれをするために、さいごに、くまさんをぎゅっとだきしめた。くまさんはわたしよりも、ずっとずっとおおきいのに、だきかかえると、かんたんにもちあがった。くまさんは、ふうせんのようにかるかった。
ひさしぶりにだきしめたくまさんは、あたたかかった。
そういえば、もうずっと、わたしはくまさんをだきしめていなかったことをおもいだした。
なつかしい、くまさんのにおいがした。
ずっといちばんだいすきだった、くまさん。
わたしをいちばんだいすきでいてくれた、くまさん。
「くまさん、ごめんね」
わたしは、ないた。
くまさんをだきしめて、しくしくと、こどもみたいに、なみだをながした。
「いやなこといって、ごめんね」
「いっぱいたたいて、ごめんね」
「やさしくしてあげなくて、ごめんね」
くまさんは、わたしをじっとみつめていた。
くまさんは、さいごまでやさしかった。
「くまさんにいってごらん」
そして、くまさんは、ポンとちいさなおとをたてて、きえた。
くまさんは、しずかに、いなくなった。
くまさんがきえてしまったら、せまかったおへやが、とてもひろくみえた。
くまさん、さようなら。
くまさん、ありがとう。
わたしは、なみだをふいて、おへやのドアをしずかにしめた。
これからわたしは、くまさんになるじゅんびをするのだとおもった。
そして、こんどはわたしが、くまさんになるのだとおもった。
「くまさんにいってごらん」
<了>