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衝撃! お前の思いで的を撃て!

「お、いたいた。集会の後に居なくなるもんだから探したんだぜ?」



一方の玲華は。

二階と三階の踊り場にて、祐二と志摩、そして、霞んだ橙のショートで、銀縁メガネを掛けた気弱そうな女子の富丘とみおか 優姫ゆうき、やや長めの黒髪ツインテールの中国人出身であるジゥ 凰蓮ファンリェンと遭遇する。



「いや、この後にちょっと試し打ちでもしようかなぁって思ってね。……というか、わざわざ探してたの?」




「う、うん。もしよければこの後私たちで学校を実際に案内してあげようかなぁっておもったの」




「まぁ、フツーならクラス委員がやるけど、あの二人はめんどくさいからねー。因みに私の名前は九 凰蓮、蓮の部分は舌を噛む様に喋ると楽だよー。そしてこっちは富丘 優姫だよん、内気だから代わりに紹介しとくにゃ」




「じ、自己紹介くらいは自分で出来るよ!? ……えっと、改めて。富丘 優姫です、よろしくお願いします」




「こちらこそ、わざわざありがとう。よろしくね」




握手を交わし、そのまま五人で射撃場へと向かうことになった。





凰蓮はやや舌っ足らずなしゃべり方とキリッとした目元が特徴で、明るく人見知りはないが若干情報に誤りがある。優姫はおとなしめではあるが博学で、二人で弱点をカバーし合っている。



志摩と祐二も同じ関係で、共通面もあるので二人二組、四人一組でいることが多い……と玲華は四人から笑いながらもきかされ、そして五人目の面子として加わった事を伝えられて嬉々としていた。




「……あれ? なんで先生方が大集合?」



さて、射撃場についた玲華達だが、アグニス達の姿を見て思わず固まった。



てっきり一人だけと思っていたのに反し、これだけの面子になっていたらむしろ驚かないのも奇妙だ。



祐二達に引きずられ、いったんその場を後にする。



「お前、なにやった?」



「思いつくようことは特に何も」



「なんだろう……先生たち、ものすごい笑顔だね」



「多分、玲華がかわいいからなんじゃない? キャッキャウフフな展開になると予想」



「そんな予想はしなくていいから! でも、なんか不気味だな」



頭をひねって唸る四人だが、凰蓮だけは涼しい顔で、四人注意を自分に引き付けてから口を開く。



「多分、また生徒を使って賭け事でもしてると思うよー。転入生とかは先生たちの間でもひそかにそういった点で知らずに対象になってるらしいし、不正を防ぐのに全員で集まったと思うね」



さらりと言ってのけたが、普通なら許されない行為だ。だが、それすら黙認してしまうのがこの学校、当の本人はうなだれた。



これ以上話しても先生たちと祐二たちを待たせることになるので、観念して先生たちの元に向かう。



皆、満面の笑みだ。



「ようやく来おったか、待ちくたびれたぞ」



「すいません、先生。……あの、ちらっと小耳にはさんだんですけど、俺で賭け事してるって本当ですか?」



「なんだ、知っていたのか。まぁよい、そら、受け取れ」



臆面も隠すことなくさらりと受け流された。説得は無駄だと感じ、投げられたケースに何故か違和感を覚えつつも受け取り、黙ってマガジンに弾を詰める。



今回使用するのはPSG1、弾装数は5。



しっかりとはめ込み、バイポットと呼ばれる銃を安定させる二脚を、アンダーレールへと取り付け、スコープを覗きこむ。



最初の的は距離300メートル、胴体の真ん中にサイトを合わせ、距離と弾道を計算して少々上に銃口を上げ、トリガーを引く。



その瞬間、耳をつんざく強烈な炸裂音と、銃口から硝煙が立ち上った。



その事態に数秒固まり、我に返った玲華は即座にマガジンを外して弾薬を取り外そうとする。しかし、にじみ出る手汗が悪くも潤滑油となり、滑って取り出せない。



学園に支給されているゴム弾はこんな炸裂音はしない。硝煙が未だに立ち込めているのが、明らかに実弾であることを知らしめた。



「な……先生、どういうことですか!!? ありゃ支給用のゴム弾じゃなくて、明らかに実弾じゃないですか!! 生徒が使用するのは禁止のはずだろ!?」



彼が持ってきたのは、正真正銘のライフル用の実弾だ。



ふと、玲華より遅く我に返った祐二がアグニスの元へと詰め寄る。今にも飛び掛からんとする形相は恐ろしいものだが彼らからすれば赤子同前、冷ややかな面持ちで宥めた。


祐二の態度も、いまは仕方ないだろうとアグニスは黙認する。



「うむ。使用がばれれば即刻退学、もし傷害もあるなら逮捕だな」



「なら、なんで!?」



「まぁ、落ち着け。確かに忌々しき事態だが、これについては学園長からも許可をもらっている。そして玲華、相当慌てふためいているがこれは貴様のためでもあるのだぞ?」



「俺の……ため?」



驚愕の為に未だ声が震えるが、アグニスの言葉に疑問を問う。



「今年度の狙撃手と観測役の志望人数は例年でも最低記録、だというのに、海軍、特殊部隊、自衛隊による、学園への狙撃手と観測種の応募要項が溢れんばかりとなっているのだ。おまけに学年通して実力を見ても、優秀な狙撃手と観測手は合わせても三十人足らず。二学年ではお前を含め、見込みのある者はS、B、D、組にしか存在してないのだ」



「と、なればだ。自然と定員割れをしているところに潜り込む輩は少なくない。付け焼刃で狙撃手として育てるのは、その後を考えてもリスクが高いのだよ」



アグニスの息つく間に、姫が補足する。



「戦場での歩兵同士の撃ち合いになれば、相手側からすれば見えない距離や場所からの一撃必殺は脅威だ、見つかったら犠牲覚悟で潰しに来るぞ。しかもそれで生き延びて捕虜にでもなってみろ、聞くだけで吐き気がする様な拷問を受けるハメになるぜ。じっさい俺も、航空支援要請を受けて絨毯爆撃で狙撃手を潰すくらいだ、位置が割れたら一巻の終わりさ」



煙草を吹かし、携帯灰皿へと灰を落とすライダー。彼の語る口調は軽やかだが、話の内容はとんでもない重さである。



「つまり、付け焼刃で狙撃手として育て上げても、完璧なステルスや立ち回りを習得するのは不可能だ、狙撃手ってのはそれだけ厳しい道のりだ。だからこそ優秀で、即座に実戦投入できる奴をを軍隊は所望するのさ。だが、さっき姫ちゃんが言ったように、その重要性と心得を弁えない者が試験を受けてみろ、学園側の水準が下がったと罵られ、日本に付け入ろうとする国の格好の的になるんだ」



「ライダー殿、その呼び方は止めろと何度もおっしゃったはずですが?」



「おお、怖い声。まぁ、そういう訳だ。お前みたいなもともと狙撃手として優秀な奴を育てておけば学園側として安心ってわけだ。お前さん、海軍の狙撃手目指すんだろ? 試験だと実弾使うんだぜ、今のうちに慣れた方がいいと思うけどなぁ?」



誘導的な口調が、余計に玲華を惑わせる。薄らと浮かべたライダーの笑みが、自分の生死を握る処刑人の様に思えた、それほどまでに追い詰められている。



「俺に……どうしろと?」



顔を上げた玲華の目が、微かにうるんでいる。『それくらいにしませんか?』という、生徒を思う故に追い詰めるのを心苦しく思ったレイヴンの要望も、教師の皆によって遮られる。




「我々はどうもせんよ。またとないチャンスだが、お前が拒むならそれはお前の意思、否定はせん。だが、今年の三年の一部は定員割れの狙撃手に興味津々だ、我々もその意思は拒まず、指導を求められればそれに応える……結果は見えてるがな。だが、来年受けるだろうお前の成績をみて期待していた試験官達が、試験の最中に実弾に震えあがったなんて聞いてみろ、次からは学園には狙撃手の要項は届かなくなる、お前の夢もそこで終わりだ」



いまさらになって、実弾への恐怖と、教師たちによって知らされた事実が重くのしかかる。



確かに、今のうちに実弾に慣れるのは得策かもしれない。しかし、素人故の事故として、暴発によって死亡や、誰かを誤って誤射してしまうのではないか……と、その他にも不安はあがる。



『自らの物は自らの手で運んでこそ、その重みと必要さを噛み締めるというもの。かといって、器量を把握せず無理にやろうとする無謀さは愚かなことだ』というアグニスの言葉も枷となる。それがさらに悩ませる。



自問自答にて俯く玲華の肩に、優しく手が置かれた。祐二の手だ。



「結構思い悩んでるみたいだけど、外野的な意見で済まないけど、俺はやってみてもいいと思うぜ? なんか不安があったり、心配な点があったら俺たちも頼れよ、力になるぜ」



「少なくとも、一度経験しちゃえばあとは楽。選ぶか選ばないかは玲華しだい

……ふっふっふ、僕も協力するよ」



「すごく悩んでるのはわかりますけど、べっ別に返事は今じゃなくてもいいと思います! 差し出がましくてすいません!!」



「優姫!! 友を励ますならもっとしっかりと励まさんか!! お前がうろたえてどうする!」



「ご、ごめんなさい!」



「結局謝ってるよー。……なんにせよ、やるってんなら応援するよー? 私たちは友達だからね」



祐二に触発された皆が励ましを送る。


「どうだ、ここにはお前を応援する仲間がいるんだぞ、転入初日でやるではないか。こやつらの思いも、汲み取ってみるのもよいぞ。無理ならば頼るのも肝心だ」



「……少し、考えさせてください」



地面に伏せ、取り出したマガジンを再びはめ込む。



銃床を肩にしっかりと当て、距離にして約500メートルの位置にある的へと照準をあわせ、息を吐ききると同時、トリガーを引く。



再び轟音と、マズルフラッシュ(射撃時に弾丸を撃ち出すために炸裂した火薬の光)が起こるが、肩にめり込ませて衝撃を吸収し、耳鳴りに襲われながらも、今度はそのままサイトを700メートルの的に合わせた。



目はつぶらず、しっかりと目標を捉える……が、狙った部位が中心部に対し先程着弾したのは胴体の左側、つまり、風で弾道が右にそれたことになる。



それらを踏まえて弾道計算を頭に入れ、目測で5センチほど左にずらし、再び発射。三度目と続けていくと、自然とその衝撃と音に体が慣れてきた。弾は見事、的のど真ん中に命中。



「悪くない腕だ。それでは、今度は一キロ先の的を撃ってみろ」



極限まで意識を集中させているがために、短く返事を返して速やかに一キロ先に照準を合わせる。



先程のスコープの倍率では完璧にとらえきれず、望遠レベルを最大まで引き上げた。



このライフルの有効射程はあくまで700メートル。その範囲内なら命中精度は信頼出来るが、それ以降となると命中はもはや運任せとなる。風の向き、弾の落下計算、タイミングを考え、そして無駄な雑念で外れない様に、意識をクリアに染め上げる。



二度深呼吸、三度目の息をすべて吐ききった瞬間、トリガーを引く。



……結果は、かする程度。すぐさま修正し、再び発射。



「最後に、焦ったな」



風向きが変わるタイミングと共に、アグニスが静かに言い放った。



弾道は大きく左に逸れ、樹木に穴を空けることとなった。



「はぁ…………ほとんど外れちゃったな」



終えたことによる緊張感か、汗が顔から滴り落ちる。蒸気して蒸し暑くなった制服に風を通すため、ネクタイを緩め何度も空気を深く吸い込む。



火照って紅潮する顔と息遣い、汗でおでこにくっつく前髪、もはや女の子にしか見えない。そう感じていた時には、祐二は思わず、カメラのシャッターを切っていた。



因みに、このカメラは偶然遭遇した珍発見や珍しいものを収めるための物であって、けっしてそういった用途のためではない。



「ちょっと待て、なぜに撮影した」



「いやぁ、思わず手が動いた。『日本の奇跡』ってタイトルで、どっかに応募してみるかな」



「肖像権的な面で訴えるぞ」



重圧から解放されたことにより、普段のテンションに戻ることが出来た。しかし、未だ返事を返していないことにすぐさま気付き、慌ててアグニス達の元へと向き直った。



「さっきの件についてですけど……」



「おぉ、決まったか。で? どうする?」



「…………時々なら、練習させてください」



「うむ! よくぞ言ったぁ!! 実弾練習は貴様のコンディションを考えて我々から通達する! 貴様ならそう答えるとわかっていたぞ!!」



なんというか喜びすぎだ……と、玲華は内心ややあきれていた。しかし、そこでふと、賭け事について思い出した。



(この喜びよう……まさか?)



「先生、さっきの賭けの内容ってもしかして、俺がイエスかノーで答えるかって内容じゃぁないですよね?」



「おぁ、よく気づいたな。因みにラチェット先生、勇人先生、健治先生はお前の慎重さをレイヴン先生から聞いていたのでノーと答えていたぞ。勝ったのは私と姫先生とライダー先生とレイヴン先生だ」



「いやいや、レイヴン先生に一杯食わされましたなぁ。はっはっは!! あんまり揺さぶるのもかわいそうだったから黙ってましたが、少し囁いてやればよかったねぇ」



と、健治は、負けたことを素直に悔やんでいた。他の負けた教師も口々に呟いていた。


さりげなく、レイヴンはイエスに賭けていたが、



「自分の生徒を信頼できないのは教師として失格ですよ」



と微笑まれたので、玲華達は何とも返せなかった。


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