教師?いいえ兵士です
春だってのに結構冷えてるな、う~う~」
「そのうーうー言うのをやめなさい」
広大なグラウンドに、男女二列の隊形で玲華達は集まっていた。玲華の背後に並ぶ祐二が身体を小さく震えさせながら呟き、拳をぐっと握って、寒さに耐えながら始まるのをじっと待つ。
なんせ今日は教科担任の紹介に入るのだ、そんな時に小刻みに震えていたら嫌でも目立つ。教科担任といっても各部門のスペシャリスト、目を付けられるのは今後を考えると色々とまずいと考えた様だ、周囲の、寒さに弱い者もこらえていた。
「それでは、これから担任紹介を始める!! まずは私、Sクラスの担任、近接格闘専攻、二学年副主任を受け持つアグニス・イスカンダルだ。私に対して礼儀を知らんものには制裁を加えてやる! 名前に誇りを持たぬ者もだ!以上!」
筋骨隆々とした、黒いタキシード姿の男が雄弁に語りながら生徒たちを見下ろす。
どうでもよい情報だが、イスカンダルとは、過去に存在した国王のペルシア・アラビア語での呼び名であり、本来知られているのは、かの有名なアレクサンドロス大王である。
アグニスは偶然その名があるが、彼の先祖代々は英雄的な活躍をしたために祖国から改名とその活躍を称えられ、イスカンダルという名に変わった。
趣味は乗馬で個人所有の馬がおり、名前はブケファロスと、イスカンダルに馴染んだ名前だ。
「うへぇ、厳しそうだな……」
周囲がボソッと呟いたのを知りつつも、アグニスは黙って壇を降りた。しかし、しっかりとその者の顔はインプットされたので、後に厳しい指令を与えられることになるだろう。
次に登場したのは艶のある黒髪の、ナイスバディな女性。濃いめの茶色の制服がボディラインを浮かし、思わず生徒たちの視線を引き付けた。
「Aクラスの担任兼射撃専攻を受け持つ狩ヶ咲 姫だ。真田十勇士が一人、筧十蔵の正式な血縁者でもある! 女だからと甘く見ていると地面に転がるハメになるから、気を付けるように」
しかし流石は達人の一人。強烈な威圧感と眼光で圧倒し、悠々と教壇から降りる。
「いやぁ、お二方から比べると随分とひ弱に見えてしまうけど勘弁です。B組担任の如月 勇人です、主にオペレータと情報専攻を受け持つので、よろしくお願いします」
前の二人と比べると、明らかに見劣りしてしまう体格と風貌だが、とある大国に対するテロリストの頑強なシステムをハッキングで破り、被害を未然に防いだという経歴を持つ。
しかしそれを野良でやったために一度は身柄拘束されたものの、この学校の教員になるという名目で仮釈放中。
「えー、医療及び人体に関する専攻を受け持つ深山 健治です。本来なら二人目の近接戦闘の選考になる予定でしたが、他に居なかったのと格闘教員が余った為に配属されたので、こうなりました……と。個人的に格闘術を習いたい奴は遠慮なく言えよー、因みにC組担任だからなー」
四人目は、白衣に白いシャツ、肌色と茶色の中間のカラーのズボンを身にまとう姿がよく似合う。パット見は医者にしか見えないが、中国にて武術鍛錬し、師範を一生病院通いという状態にまでせしめた恐ろしい男である。
「D組担当、ラチェット・クルケットです。メカニック、銃器及び兵器の整備長なので、動作不良があったら気兼ねなく言いなさいな」
淡々と、他の教員よりは、さばさばとしゃべってそそくさと下がる、オレンジのつなぎが似合う黒人だ、因みにつなぎだからってゲイでもバイセクシャルでもない。
学園にある機械類や、とあるイベント用の兵器及び生徒個人が所持する銃器の最終調整や整備をする、学園の影の柱だ、敵に回すと大変なこととなる。
「E組担当のライダーだ、本名がライダーだ。大事なことだから二回言っておいたからな。主に戦車やヘリ、船や飛行機の操縦方法の選考を担当する。将来パイロットになりたい奴は大歓迎だ、名前と担当教科で笑った奴は頭上から迫撃砲が飛んでこない様に注意しとけ」
ジーパンに、白い十字模様が小さくあしらわれた黒の半袖シャツと、教員にあるまじき格好だが、勿論他の教員同様にスペシャリストで、性別は男。
実際に戦場パイロットとして活躍し、ハンス=ウルリッヒ・ルーデルの再来と言わしめたエースパイロットだという。国籍は不明だが、実はドイツ生まれで、ルーデルの家系ではないか?とまことしやかに囁かれている。
「それでは最後に、レイヴン・アルカートです。F組担任兼近接格闘の専攻を受け持ちます、紅茶の茶葉を集めるのが趣味です。気兼ねなく話しかけて下さいね」
そして最後に、玲華の担任であるレイヴンが登場する。
最初に彼を見た者は玲華同様にたじろぐが、温厚な性格と生徒思いな面から生徒に人気のある教員だ。
彼が怒った場面を見たことがある者はいないらしいが、前にこの学園の軍務志望の生徒を視察した際に、その努力を侮辱した兵士がいたらしいが、その後学園に何者かによる、金銭面で入学が厳しい生徒に対する多額の援助金と、生徒の姿勢を褒め称える手紙が届いたとか。
その生徒の後見人がレイヴンだったらしいが、真相は謎のままである。
「それでは、これにて教科担任紹介を終える!! 生徒は解散、その後の行動は自由だが学園の風評を落とすような真似をしたものには厳重注意をくれてやる!!皆の者、散れい!!」
強烈な号令と共に一瞬にして生徒たちが学校側へと向かって帰っていく。
食堂に向かう者もいれば学園の寮に向かう者と多種多様、そんな中で玲華は、たったいま自己紹介を終えた教員たちの……アグニスの元へと向かう。
「アグニス先生、今、よろしいですか?」
「む? お前は確か今日からの転入生だな。どうした?」
「今月分の弾丸1500発全ての支給申請と、射撃場の鍵を貸して貰いに来ました」
弾丸は前述したが、射撃場等の訓練施設は教員に報告してから向かわねばならず、一番乗りの場合は鍵を開けに行く必要もあるため、いざという時の保証人も踏まえて報告は必須となる。
「ほう、まとめて要請するか……よかろう! 射撃場ということは今すぐ必要となるのだろう?鍵を開けるついでに私が持って行ってやろう!必要な数を言え」
「よろしいんですか? ありがとうございます。とりあえず100発ほどで、残りは後で事務室に取りに行きます」
「うむ、いい志向だ。自らの物は自らの手で運んでこそ、その重みと必要さを噛み締めるというもの。かといって、器量を把握せず無理にやろうとする無謀さは愚かなことだ、いざという時は頼ることも忘れてはならん」
本来なら自分の部屋に取りに行くことも可能だが、アグニスはどちらかといえば軟弱な発想を嫌いそうな性格……と考え、印象を良くするためにも自分で取りに行くことを玲華は選択した。
結果として受けは良いが、見透かされて注意を受けてしまった。
「今の言葉、深く刻みます! 教室に得物を取りに行くので、失礼します!」
「良い返事だ!! 行って来い!!!」
駆け足で離れ、校舎へと向かった玲華。
一方のアグニスはなぜか先ほどの担任達と何かを呟き、教員を引き連れて職員室へと向かい、事務室へと立ち寄ってから、ゴム弾ではなく、実弾ケースをもって射撃場へと向かった。