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神様屋さん  作者: 朔夢礁
4/5

猫神

「雅メシ」

外で草むしりをする雅にハナは、玄関の戸を開け言う。

「ここが終わったらね」

背中越しに返事をする雅。

麦わら帽子をかぶり、タオルを首から掛けて汗を拭う。

まだ春先なのに、暑い。

「緑燃ゆ。なんて言いますけど、草が生えるのって早いですね」

さくらは、雅に言って笑った。

さくらも雅同様の格好をして、家の入口前の草むしりをしていた。

「さくらちゃんが居てくれて、本当に助かるよ。ハナさんは、全然手伝ってくれないし」

と、ちらりと後ろに居るハナを見ながら言う。

「お前、月読様から怒られるぞ」

「神様は寛大だから大丈夫だよ」

雅は、そう言って笑う。

ぽちゃり、と音を立て何かが雅の頭に落ちた。

それを見てハナは、ゲラゲラと大声で、涙を流しながら笑う。

「ほれ、罰が当たったぞ!大当たりだ!」

敷地内の木から飛び立った、烏のフンが雅の麦わら帽子の上に着弾した。

「いやいや、無理矢理に手伝わせた訳じゃないですよ!」

麦わら帽子に落ちた糞を手で触り確かめて、大声で叫ぶ雅。

「月読様からの贈り物だ」

笑うハナと、少し気まずそうにしているさくら。

穏やかに太陽は回る。






「ただのお手伝いじゃないか」

月読命と一緒に鏡を見ている女が言う。

真鍮を思わせる髪。

少し着崩された淡い青と、白を混ぜたような着物。

片手には酒の入ったひょうたんを持つ。

木花咲那姫命。

「神様の子供にお手伝いをさせるなんてやるねー」

ひょうたんから、酒を飲みながら、鏡に手をかざす、木花咲那姫命。

それと同時に、烏の糞が雅の麦わら帽子に着弾する。

鏡からは、大声で叫ぶ声や、笑い声が聞こえる。

「友達の可愛い子供のお目付け役へのエールだよ」

そう言って、悪戯っぽく笑う。

「木花、酔すぎ。砂原雅にあまり意地悪はしないでおくれ」

ひょうたんから、再度酒を飲んだ木花咲那姫命は、ひょうたんを月読命に勧める様に、差し出す。

「たまには、一緒にどう?」

「今日は、遠慮するよ」

あぁ、嫌われた。そう言って木花咲那姫命は、部屋を出て行こうとする。

「今度、1杯奢るよ」

去って行こうとする木花咲那姫命の背中へ呼び掛ける。

それに答える様に手に持ったひょうたんを、少し上げて答える。





「雅さん、神様って何柱位居るんですか?」

朝食を終え、お茶を飲みながら、さくらは疑問に思った事を聞く。

「八百万だよ。数の事じゃなく、色々な物に神様が、居るって事だよ」

「さっき食べた米にも神は居る。七人や、八十八って言われてる」

ハナは、得意げにさくらに言う。

「だから、全ての物に感謝する気持ちを持たないといけないんだよ」

うん、うん、と頷くハナ。

「なら、この前会った赤い目の神様は、どういった神様なんですか?」

雅は少し困った様な顔をしてから、タバコに火をつけて答える。

「あの子は、死神。出来るなら、もう一生会いたくないかな」

ハナは、わざとらしく大きな音を立てて窓を開けて、私もだ。と、同意する。

「死神って、大きな鎌を持ってたりするんじゃないんですか?」

「それは、只のイメージだよ」

雅は、笑って答える。

「死神は、手を触れたり、近くに居るだけでも、命を吸う事が出来るよ」

「信仰があれば、何にでも神様は宿るんだよさくら」

そう言って、ハナは煙をふうふうと息で散らしながら、さくらの膝に乗った。

「言霊や、心で強く思う憎しみ。それも信仰になる」

ハナは、鼻で笑うと雅の言葉に続けて言う。

「人間は、とかく厄介な生き物だよ」

さくらは、お茶を飲みながら雅とハナの言葉に納得した。

「人間は、貪欲で代償のない幸せを求めて生き続ける」

まぁ、僕も人間なんだけどね。と雅は笑って新しいタバコに火をつける。

「タバコやめろ。猫神様が居るんだそ」

そう言って、ハナは顔を上げて雅をじと目で睨む。

「もう吸っちゃってるんだから、無理だよハナさん」

へらへらと笑って雅は、ハナに吸い始めたばかりにタバコを見せる。

「あぁ、野椎神様に感謝だねー」

そう言って雅は、美味しそうに煙を吐く。

「また、月読様に怒られればいい」

そう言って、ハナは部屋を出て玄関へ向かって歩く。

「ハナさん、どこに行くんですか?」

ハナの後ろ姿に問うさくら。

「散歩に行ってくる」

ハナは、不機嫌そうに言って外へと出て行く。

焦った様子でさくらは、雅に言う。

「家出とかじゃないですよね?」

「この時間は、散歩だから大丈夫だよ」

雅は、そう言って笑う。





ハナは、家から出ると隣家の間を縫う様に歩く。

塀の上で寛ぐ猫が居ると、声を掛けていく。

「チロル、元気か?」

そう言われ、白黒のハチワレは嬉しそうにハナへ答える。

「姉さん、お世話になってます。今日も平和ですわ」

「平和が一番だよ」

チロルは、満足気に腹を出して寛ぐ。

猫は気ままでいい。

「17時にいつもの場所で」

ハナは、そう言って散歩を再開する。

「皆にも伝えますね。姉さん」

ハナの縄張りは、1km程ある。

それをゆっくりと歩き、同胞から色々と話しを聞く。

あそこの家での嫁姑問題や、どこぞで子猫が産まれた。

等々、噂話しや、見合いの話し。それをまとめるのがハナだ。

猫は、群れないと言うが、猫にも社会ルールがある。

ボス猫には、必ず従う。

現ボス猫は、ハナであり、猫神。

猫達は、皆姉さんと、ハナを慕う。

「姉さん、今日は1杯どうでしょう?」

「たまには、いいな」

そう答えると、嬉しそうに笑う茶トラ柄の猫。

「美味しい酒が手に入ったんで、姉さんに飲んで欲しかったんですよ」

そう言う茶トラは、酒屋の猫、銀二。

「また後でな銀二。楽しみにしてる」

そう言ってハナは、また歩く。

出会う猫一匹、一匹に声を掛けては、歩くを繰り返すと、あっという間に17時になる。

少し開けた森の入口がいつもの場所だ。

入口にある電柱の光が心地良い。

集会場所に入ると、この地域に住む猫達が、ハナを嬉しそうに迎える。

「姉さん、待ってましたよ」

皆、口々にそう言いハナを上座へと、案内する。

「さっ、姉さんとっておきですよ」

茶トラの銀二は、ハナに盃を持たせ、それに酒を注ぐ。

ハナは、嬉々として盃にくちをつけ、一気に飲み干す。

口内に広がる芳醇な味わい。

乾いた喉に丁度いい辛口だ。

「美味じゃー」

ハナは、酒が弱い。

別に、下戸という訳ではないし、飲んでる自分を客観的に見れる自分も居る。

飲めば、他の猫達も楽しく過ごせる。

「踊れ!歌え!」

ハナは、愉快そうに酒を飲みながら、大声で叫ぶ。

歌い、踊り、各々が楽しく過ごす。

急にカツリと、小石を蹴る音がした。

一瞬にして、静まりかえる場内。

匂いで人物が理解できたハナ。

「雅か。何の用だ」

砂利を踏む音が近くなり、猫達は警戒する。

独特な黒髪の男が、顔を出す。

「今日は、集会だったんだね。ハナさん」

「雅の旦那だ」

猫達は言い、安心した様子で一息吐く。

「旦那も1杯どうです?」

酒瓶を雅に見せる銀二。

「一杯だけだよ」

雅は、盃を受け取るもそれを使わずに、酒瓶に直接口を付ける。

ゴボ、ゴボと音を立てて酒を飲み干す。

五臓六腑に染みるとは、この事だなと思いながら、酒瓶を振り落とす。

「さすが、雅の旦那だ」

大きな歓声を上げる猫達。

「もっと持って来い」

猫達は、急いで新しい酒を持って来る。

「旦那、もっといけるでしょ?」

と、空いている盃に新しい酒を注がれる。

盃に映る満月ごと腹に入れる。

「楽しいね」

そう言いながら、普段より一層下がる目尻。

ぽやぽやとする身体。

「雅、もっと上品に酒は飲む物だ」

いつの間にか隣りに居たはなに、たしなめられる。

「1杯は、1杯で沢山ではないからな」

雅は、ふーと息を吐き、空を見上げる。

夜空に浮かぶ星々。

春風に頬を撫でられ、心地が良い。

「外で飲むのもいいね」

満足そうに笑う雅。

呆れた様に息を吐くハナ。

「お前達、今日はお開きだ」

ハナは、そう言って手を叩いて猫達に伝える。

「姉さん、まだ早いですよー」

そんな声もちらほら聞こえたが、ハナは先に行くよ。そう言って、宴会場を出る。

「飲みたい奴は、ほどほどに楽しんで帰りな」

ハナは、身体を雅程の大きさにひ、雅を身体に乗せて歩く。

「姉さん、雅の旦那、又今度飲みましょう」

口々に猫達は、背中に挨拶をした。

またねー。と言いながら雅は、猫達に手を振る。

ゆっくりと、歩くハナ。

「お前、酔すぎ。酒臭い」

「だって、ハナさんあんまり飲めないでしょ?」

雅は、言いながらハナの頭を撫でる。

心地がいい毛並み。

「いつも、ありがとう。ハナさん」

呟く様に言われた言葉。

「バーカ」

鼻で笑いながら言うハナ。

月が二人を照らす。

「さくらは、どうした?」

「さくらちゃんは、この前の神社に行ってるよー」

雅は、間延びした声で答える。

「月読様が綺麗にして下さったから、安心だな」

「うん、うん。神様って、本当にすごいよねー。神様屋さん最高!」

急に大声で叫ぶ雅。

「酔いすぎだ。バカ」

そう言って、ハナは夜の闇に溶ける様に走り出した。



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