死神
雅は、急いで外出の準備をしていた。
車の後部座席に草刈機。お神酒。塩。破魔矢。
雅に早く!早く!と言うさくらは、気が気でない。
「私も行くからな」
「ハナさんは、家に居て」
危ないから。と言おうとしたが、ハナがそれを、遮る。
「お前が危ないから、絶対に付いて行くからな」
そういうと、助手席の開いた窓から、さくらの膝へとするりと乗り込む。
雅は、ハナの行動に溜息を吐きながら了承する。
さくらの言っていた神社までは、車で30分程で到着予定だ。
荷物を乗せ、運転席に乗る。
エンジンをかけ、車は神社まで走り出す。
「雅さん、草刈機って必要なんですか?」
さくらは、疑問に思い、雅に聞く。
「掃除は、大切だよ。穢れを払うって意味でもね」
「雑草がぼーぼーの神社と、雑草がない神社どっちが気持ちがいいと思う?」
「そりゃ、雑草のない神社ですね」
人の手が入らなければ、荒れるのは早い。
「雅、総本宮には連絡したのか?」
ハナの言葉に雅は頷く。
「本宮の人達にちゃんと説明もしたよ。驚いてた」
ハナは、そうかと頷く。
本来なら、神社の世話ができなくなったのなら、本宮へ相談をするのが当たり前だからだ。
「一週間後には、来れるって言ってたけど、間に合わないから、今日出来うる事は全部やる」
そう言い、ハンドルを握る手に力がこもる雅。
車もどんどん、その神社へと近付いて行く。
徐々にに嫌な気配も増えて来る。
「ハナさん、タバコ吸ってもいい?」
そう言うと同時に胸ポケットに入れていたタバコを、取り出す。
丁度いいタイミングでの赤信号。
ライターで火をつけ車の窓を全開にする。
「線香でも吸えばいい」
と、ハナは雅をジト目で見ながら言う。
「さすがに、線香は吸えないよ」
苦笑いをしながら、前を向く雅。
「ヤニに、魔払けの効果なんてないからな。知ってるだろう」
「ばぁちゃんが吸ってたから、験担ぎだよ。ハナさん」
2人の会話で驚くさくら。
「タバコに魔払いの効果って、ないんですか?」
「キツネ、タヌキに化かされた時にーとかの話しはあるし、僕は信じてるよ」
信じれば、それはいつの日か本当になる。
言霊も宿る。
「なんだか、気持ち悪い空気になってきたな」
ハナは、鼻を擦りながら言う。
淀み、身体にまとわりつく様な不気味な空気。
さくらは、背中が粟立つ様な感覚に気持ち悪さを覚える。
「さくら、大丈夫だからな」
そう言うと、ハナはさくらの手に自分の手を重ねた。
温かさと、優しさが伝わって来る。
「ありがとう、ハナさん」
震える声で、感謝を伝える。
どんどん顔が青白くなるさくらの顔をちらりと見てタバコを消し、念珠を片手で渡す。
水晶で作られたそれを受け取り、左手に着ける。
少し大きい。
「少し、ましになるかもしれない。気休めだけどつけてて」
「ありがとうございます」
ハナを抱きながら、右手で左手の念珠を握る。
怖い。
初めて感じる恐怖。
「大丈夫。大丈夫。」
そう言い、片手でさくらの頭を撫でる雅。
淀んだ空気。
「腹を括るしかないね。ばぁちゃん」
雅の呟きは、走る車の音に消えた。
「不思議だな。こんなに淀んだ空気の中で普通に生活ができるのか」
ハナは、外をちらりと見ながら、行き交う人達を見て言う。
「今はね」
雅は、そう言うと、徐々に車のスピードを落とし、駐車場に車を停めた。
すぐ目の前には、神社。
禍々しく淀んだ空気。
草が生い茂り、不気味さを際立たせている。
お神酒、塩、破魔矢、弓道弓、草刈機、を車から降ろす。さくらも、ハナと一緒に車から降りる。
各々が荷物を持ち神社の鳥居の前に着いた時に突然現れた。
「いらっしゃい。あらあら、大荷物だこと」
黒い長い髪。
黒い左前の着物。
赤い双眸と同じ帯。
鈴を鳴らす様な優しげな声に、反して、圧倒的な存在感。
「ここは、貴方が居る場所じゃないと思うのですが」
雅は冷静を、装って言う。
「今の時代だとシェアハウスって、いうのかしら?」
そう言って楽しそうにくるくる回り踊る。
「神様なんでも屋さんが、なんの用かしら?」
雅の後ろにすっと隠れるさくら。
「草刈りでもしようと思いまして」
「それは、困ったわ。私は今のここが好きなの。同居人も望んでる事よ」
「違う!」
急に出た大声にさくら自身も驚いた。
「あら、可愛らしい子も居るのね。お友達になりましょうよ」
にっこりと笑って言う。
「私は、縊鬼よ」
手を伸ばそうとした時、ハナが唸り声を上げ、全身の毛を逆立てる。
その様子さえも楽しそうに笑う縊鬼。
「猫も杓子もなんとやらかしら。私、嫌われやすいの」
「貴方の話しは、いいから草刈りさせてもらっていいですか?」
雅は、縊鬼に笑顔で言う。
「本当の神社の、主様も返して下さい」
真っすぐにぶつかる赤と黒の瞳。
「もしかしたら、そこの可愛らしい子の依頼できたのかしら?」
「だとしたら、何か問題でも?」
お互いに引かない強い声音。
笑顔を消さない雅。
笑顔を消す縊鬼。
「だとしたら、ダメね。私、神様が嫌いだもの」
「彼女は、神様じゃありませんよ」
「それは、無理があるわよ。だって君、人間からはペテン師扱いじゃない」
縊鬼は、そう言って笑う。
「人間は、自分たちの目に映らない物には興味が無い。でもね、たまに居るんだよね。素敵な瞳を持った人間が。そこから、語られる話しに人々は見えない物に興味を持つ」
雅の言葉に耳をかたむけながら、縊鬼は、さくらを見る。
顔左半分を覆う包帯。
栗毛色の髪。
どこかで、見聞きした、事があった気がする。
左側を隠す理由。
不思議な混じった気配。
「あぁ、ハーフか。お父様、お母様はお元気?」
にこにこと笑いながら話しかける縊鬼。
神の中ねは、人間と恋におちる者もいる。
「さくら、こっちに来い」
ハナは、叫ぶと毛を逆立て大きく唸り、180cm程の雅とおなじ大きさになった。
「猫又まで。お前に興味は、ないよ」
呆れた様な声で、溜息を吐きながら縊鬼は言う。
「さくらちゃん、遊ぼまうよ」
血の様な目に見つめられ、寒気がすり。
耳鳴りが酷い。
縊鬼が喋るたびに、目眩がしてふらつくり
呼吸が苦しい。
急に縊鬼に掛けられるお神酒と、塩。
「うっざ」
破魔矢を打とうと、弓道弓を構えようとした瞬間、暗くなる空。
シャラン、シャラン、と、鈴の音が、遠くからする。
音が二重、三重と、重なりどんどんと近くなる。赤い提灯も、多くなる。
「主様の御成」
その声と同時に、顔を白い布で、かくした行列が現れる。
雅は、道路の隅に、ハナとさくらを引っ張り、跪き頭を垂れる様に促す。
ハナと、さくらは、訳がわからず雅に促されるままだ。
縊鬼は、訳が分からず、行列をただ見ていた。
一際大きな神輿が目の前で止まった。
すだれが少し開き、白い双眸と目が合う。
一瞬で理解する。
月読命。
下界になんて、めったに来ないのに。
「娘に何をしようとした?」
冷たい声、目。
かばりと、すぐに土下座をする。
訂正しなければ。
「ただ、遊んでいただこうと...」
声、身体が震える。
「そうは、見えんかったが?」
なんとか、弁明しなければ...。
「悪ふざけが過ぎました。申し訳ありませんでした」
冷や汗が止まらない。
がたがたと、震える縊鬼を見て、鼻で笑いながら月読命は言う。
「次はないからな」
「はい」
そう答えるのが精一杯の縊鬼。
反対側に居る雅達の方のすだれが開けられる。
「砂原雅」
急に名前を呼ばれ雅は、顔を上げそうになるのを、堪える。
「私の娘の事、感謝するよ。猫神にも」
「もったいないお言葉、ありがたく頂きます」
ハナと、雅は同時に答える。
「さくら、お友達は助けてあげるから、大丈夫だからね」
そう言われ、嬉しくて顔を上げる。
「ありがとうございます」
「たまには、帰っておいでね」
優しい声。
「砂原雅。娘の事頼んだよ」
そう言って、すだれは閉じられた。
鳥居側のすだれを、開ける。
金、銀、花弁を手に乗せて吐息と共にそれを撒く。
シャラリ、シャラリ、と鈴の音と、赤い提灯が遠くなる。
徐々に明るくなる空。
気が付けば、縊鬼の姿はなかった。
一気に緊張が解け、雅はそのばにへたり込む。
「まさか、あの方が来られるとは思ってなかったー」
「だから、助かったんだろう」
いつの間にか、いつもの姿に戻ったハナが言う。
「母様と、久しぶりに会えた」
各々が月読命にあった感想を言い合う。
「雅、お前お目付け役になったな」
にやにやと笑いながら雅に言うハナ。
「今もきっと見られてるよ。一世一代の大仕事だよ」
雅は、そう言ってさくらの方を見て笑う。
「雅さん、ハナさんと居ても大丈夫ですか?」
不安げに問うさくら。
聞かれて、雅は何度も桜の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。僕がお目付け役なんだから。さぁ、草刈り始めようか」
そう言って、立ち上がって、鳥居をくぐり神社に入っていく雅。
さくらも立ち上がり、足に付いた砂を払う。
足元に身体を擦り付けながらハナは、言う。
「私も居るから、大丈夫だよ。さくら」
「私も神様屋さんの一員でいいんですか?ハナさん」
「神様屋さんか...さくらセンスの方が百万倍いいな」
ハナはそう言って、二股に分かれた尻尾を揺らしながら雅に続いて鳥居をくぐる。
さくらは、嬉しそうに笑って後を付いて行く。
月読命の吐息により浄化された場所に相応しい様にしなければ。
「月読命なんて無理だよ」
暗く淀んだ場所。
ドブの匂い。
鈍く光る赤い双眸。
今まで好き勝手に遊んで来た。
あそこまでの威厳を、示された事はなかった。
「私だって、神なのに」
縊鬼は、悔しそうに右手の親指の爪を噛む。
左手は拳を握り、コンクリートの床を力一杯叩く。
「クソ!クソ!クソ!」
餌場もなくなった。
八百万の神の1柱なのに。
もっと、信仰を集めなければ、その他大勢になってしまう。
「もっと、死が近い場所へ行かないと」
ふらふらた立ち上がる縊鬼。
不気味に笑う唇。