朝
卒塔婆の群れの中に居る祖母。
俯くその顔の表情はわからない。
うっそうと茂草や木々にあまり良い雰囲気はしない。 拝み屋をしていた祖母の最後は、とても良いとはいえない。それは、祓われた同胞の仇討ちをしに集まって来るからだ。
「一種のの呪いなんだよ」
死に際の布団で祖母が小さく呟いた。
「なら、辞めちゃえばいいのに...」
赤黒く変色した祖母の身体全体の皮膚。
落窪んだ目。
冷ややかな手。
「私は、もう戻れない。雅、お前は神様をお助けするんだよ」
そう何度も、雅に言い聞かせる様に紡がれた言葉。
わかったよ。と言いながら、タバコに火をつけて灰皿に置く。
すっと、握られる手。
小指と小指との約束。
「約束だよ」
そう言って、末期の水も飲まずに祖母は逝った。
「最後くらい、口紅塗ってよ」 乾いた唇をミスを含ませたガーゼで濡らし、拭く。 高校の時にプレゼントをした、口紅を祖母の部屋のたんすから取り出す。
封の切られていない化粧品が入っていた。 ボディークリーム、ハンドクリーム、口紅、ファンデーション。 全て雅が祖母の為に渡した品物だった。
「こんなにいい物を、ありがとう。私には勿体ないのに」
そう言いたんすに毎回入れて、使うこともなかった。
何故、使ってくれないのかと聞いても、ここぞという時に使うよ。と、返される言葉。
「ここぞって、最後じゃん...」
と、涙を流しながら足にボディークリーム、かさかさの両手にはハンドクリーム、唇には口紅を乗せた。
「ばぁちゃん、化粧品にも使用期限ってあるんだよ」
それからは、通夜、葬儀、火葬と、忙殺された。
忙しい中でも、地区の人達に助けられながら、なんとか日程にこなした。
そんな中でも、拝み屋の仕事は来る。
「僕は、祖母が何をしていたかは、しらないので申し訳ありません」
そう言って返事をするしかない。
祖母との約束の為。
「淋しい、淋しい、淋しい、さくら...」
どんよりと暗い雰囲気の神社。
荒れた神社の境内の階段に座る女。
「淋しいよね。大丈夫だよ」
爛爛と輝る双眸。
どんどん廃れていけばいい。
「おい、雅、メシ出せ」
そう言われた途端に布団にダイブするハナ。
ガハッと、情けない声を上げる雅。
「毎日、毎日、荒く起こさないでよハナさん」
「お前の情けない声が、私の生きがいだからな」
ハナは、そう言うと片手で顔を洗う。
「ハナさん、重いから退いてよ」
ハナはそれに聞き、雅の手をがぶりと噛んだ。
鼻息荒くうーっと、唸る。
「淑女として扱え!バカ」
「噛まないでよ。ごめんね」
そう言いなから、ハナを抱き上げ布団から下ろす。
欠伸をしながら、布団を押し入れに片付ける。
雅は、テーブルの上に置いてあった、タバコに火をつける。
障子から降る陽の光。
部屋中に広がる紫煙と、臭い。
それを見てハナは、険しい表情になる。
「おい。また肺が汚れた」
「なら、出ていきなよ。今吸い始めたばっかりなんだから」
雅は、不満そうにハナに言う。
「早く吸って、メシだせよ」
そう言って、ハナは諦めた様に障子を開けて出て行く。
てこてこと、キッチンまで行き、俊敏な動きで冷蔵庫の上に乗り、扉を開ける。
そこから、いつも飲んでいる小さいパックの牛乳を咥えて床に着地する。
器用に爪を使って、切られ開けられる牛乳。 それを飲もうとした所で急にさくらと目が合った。
「さくら、起きてたのか」
そう言うと、キラキラした目で急に近付いて来るさくら。
「ハナさん、すごい!カッコイイです!」
「別に普通の事だ」
少し照れた様にハナは答えると、グビグビと一気に牛乳を飲み干す。
「さくらも飲むかい?」
「人様の冷蔵庫を開けるのは、ちょっと抵抗が...」
「私が取れば問題ないだろう?とっておきもあるぞ?」
「とっておき?」
まぁまぁ、待ってろ。と言う様にさくらに片手を上げ、さっきと同様に冷蔵庫へ登り、さくらを呼ぶ。
「あいつ特製の、ローストビーフだよ」
ほら。とさくらの手に牛乳パックと、真空パックに入った12cm程の肉をさくらに渡す。
「そこの棚の下にまな板と包丁があるから切って食べるぞ」
「私、ローストビーフって初めてです」
と、目を輝かせながら包丁を握るさくら。
嬉嬉と、ローストビーフを切り始めるさくら。
「薄くだぞ、でも少し厚く切るのも一興かもしれん」
盛り上がり、どんどん大きくなる声に家主も気が付く事になる。
廊下を走る音が近付いて来る。
「ローストビーフはだめー!」
僕のなのにーと大きな声で雅は、叫ぶ。
「大好物だって知ってて、わざとだよねハナさん!」
ハナは、にやりと笑いながら言う。
「特製のローストビーフは、みんなで食べた方がより美味だろう」
「でも、朝からなんて重くない?」
涙を浮かべながら雅はさくらに問う。
「私、食べたことないので、重いとか、軽いとかわからないです」
幼気な少女にそこまで言われると、何も言えない。
雅は、片手で顔を覆うと、とてもとても小さな声で言った。
「わかった...みんなで食べましょう」
昨夜セットした炊飯器のアラームが鳴った。
「いただきます」
そう言って、みんなでローストビーフ丼を食べる。
一口食べて、さくらは嬉しそうに笑う。
「みんなで食べると、美味だな」
器用に箸を使って食べるハナ。
「ハナさんわお箸上手ですね」
まぁな。と、得意げに笑うハナ。
対して、少し元気のない雅。
「雅さん、大丈夫ですか?」
「君達が美味しそうに食べてくれれば、それでいいんだよ」
と、変わらず元気のない雅。
「そういえば、私の依頼ってどうするんですか?」
箸を止めて、さくらの質問に答える雅。
「まずは、さくらちゃんのお友達の神様に話を聞きに行こうと思ってるんだ」
春には、神社に植えられたさくらを一緒に見た。
夏には、暑い。暑い。と言いながら、境内で寝そべって昼寝をした。
秋には、赤や黄色と燃えるような葉で遊んだ。
冬には、冷たいと言いながら、雪玉をぶつけて遊んだ。
たまに、母が恋しいと涙すれば、抱きしめてくれた。
とても、暖かい日々。
「早く会いたい」
そう呟いたかと思うと、さくらは急に顔半分を覆う包帯を外し始めた。
「私の瞳を見て。映っているでしょ?必然が」
そう言い、机の上に乗り雅の頬を包む。
雅の瞼の裏に広がる光景。
草の生い茂る神社。
境内の階段に座る黒い長い髪の女。
ふと、目が合った様な気になる。
赤い双眸。
ヤバイ。
そう思ったと同時に女に手を伸ばされた。
思い切りさくらから顔を、背ける。
冷や汗が止まらず、背中が、粟立つ。
「雅さん、大丈夫ですか?」
不安気に再度、雅の顔を覗き込もうとするさくら。
「ダメだ!」
強い語気でさくらを止める雅。
大丈夫か?そう言いながら、さくらと雅を交互に見るハナ。
「ごめん、さくらちゃん瞳、とじてもらえないかな」
心臓が痛い程鼓動を打つ。
落ち着け。
何度も身体に言い聞かせる。
ぺしり!と背中を叩かれ現実に戻される。
「大丈夫か!雅、何が見えた?」
机に片肘をつき、顔を手で覆う。
あいつは、ヤバイ。
「黒い長い髪。血の様に赤い目。黒い着物」
ぽつりぽつりと、呟かれた言葉。
ハナは、それを聞き2又の尻尾を太くさせながら言う。
「死神」
机から降り、顔左半分を包帯で巻きながらさくらは、疑問に思う。
「なんで死神?」
「さくらちゃんは、なんで急に僕に見せてきたの?」
「わからない。見せないといけないと、おもったからかも...」
さくらは、幼いからまだ力をコントロール出来ない。
「なんで、死神が居たの?」
「多分、さくらちゃんのお友達の神社に居るみたい」
言葉を選びながら、桜に話す。
「荒れた神社には、良くない物が集まる」
そう言うと、ハナは2又の尻尾を毛繕いし始める。
動揺を隠す様に。
「死神が来る程、廃れちゃったって事?」
悲しげな声音でいて、動揺を隠せないさくら。
「たまたま、通りすがりだったのかもしれない」
そう思いたい。
だが、さくらの必然に気が付き手を伸ばすあの様子は、異常だった。
血を思わせる双眸。 関わるなと、本能が拒絶する。