出会いと依頼
ふと目に留まる、月光に照らされた少女。
ザクザクと、肩先で切り揃えられた栗毛色の髪。
蜂蜜色の右目。
左顔半分を覆った包帯。
紺色のワンピース。
少女の背丈に合わせて屈むと、すっと頬を両手で包まれた。
突然顔の左側を覆っていた包帯が、するすると剥がれていく。
「私の瞳を見て。映っているでしょ?必然が」
開かれた真珠色の瞳。
左右虹彩色の違いに思わず息を飲む。
「誰の子供...」
ぐるぐると頭の中で色々と考える。
必然という言葉。
僕のことを知っている。
「君、半分混ざってるね」
「そうだよ。私の母は神様だよ」
その言葉で全てが繋がる。
長く伸ばされた白い髪。
美しい真珠色の双眸。
美しい刺繍の施された着物。
「運命の神...月読命...」
「お兄さんは知ってるよね」
「知ってるも何も...だって...」
目をぱちくりさせていると、急に瞼の裏に広がってゆく光景。
卒塔婆の群れ。
黒い空。
結局最後は、1人だ。
なんとなく、納得してしまう。
「依頼かな?」
なんとか気持ちを落ち着かせて、笑顔を貼り付ける。
「お兄さんの事、すぐにわかったよ」
前に行く程長く鎖骨ら辺まで伸ばされた独特な黒い髪。
垂れ下がった目元、黒い瞳。
右目下のほくろ。
彼を取り巻く空気。
神様お助け所、砂原雅。
「場所、変えようか」
周りの目を気にして、雅は気まずそうに少女に言う。
傍から見れば、彼は誘拐犯にでも見られてもおかしくない。
時刻は、19時を回っている。
落ちた包帯を拾い、汚れを手で落とす。
再度、少女の左目を隠して歩き出す。
「名前は?」
ふと、疑問に思い雅は少女に聞く。
「さくら」
返ってきた答えと共に握られた大きな手。
「いらっしゃいませ」
雅の事務所は、畑や田んぼの近く。緑の多い場所にある一軒家だ。
お邪魔します。さくらはそう言って事務所兼自宅に入った。
靴を脱ぎ、客間に案内される。
さくらが座布団に座るとすぐに猫がやって来た。
黒い毛色で、タキシードを着ている様に胸元が逆三角形な白い色の毛がある。
にゃごにゃごと何かを話し掛けるように、さくらに頭を擦り付ける。
そんな姿がすごく、可愛く思う。
「粗茶ですがどうぞ」
「ありがとうございます」
猫を撫でながらさくらは、ぺこりと頭を下げる。
「猫、可愛いですね」
「1人は少し淋しいので...」
雅は、言ってはにかんだ。
「依頼の内容は?」
「私のお友達の神様が困ってるの。小さな神社なんだけど、最近は誰も何もしてくれなくて...」
神社は、神様にとって家の様な物だ。廃れてしまえば、神様の力も弱まってしまい、やがて廃れ神となってしまう。
「加護がなくなってしまう」
はぁ、と息を吐きながら言う雅。
神様とは、人智を超えた存在で、ぞんざいに扱ってはならない。
「最近、多いんだよね。昔とは違うのかな...」
ふと、小さい頃の自分を思い出す。
小さな神社、苔の生えた狛犬、揺れる緑。
草刈りをする大人達。
神様の家だから、綺麗にするのは当たり前だと言われ、何度もそれを手伝った。
春、夏は雑草を抜き、秋には、枯葉を集めた。
タバコに火をつけ、紫煙をくゆらす雅。
「昔はよかった。なんてみんな言ってるでしょ?」
そうですね。と答えながらさくらは頷く。
タバコの灰を灰皿に落としながら雅は、んーと、何かを考えている様子だ。
「その神様の加護を受けてる人達が、清めてくれるのが1番いいんだけど...」
ギブ&テイクでね。と雅がさくらに説明する。
「僕は、神様達には、少し名前を知ってもらえてるけど、人間にはペテン師扱いなのよ」
雅は、茶箪笥の左側の棚から小さな黒い箱を何個か取り出し、さくらに中身を見せた。
白いカードがおおよそ50枚程入っていた。
名刺だよ。と見せられた雅の肩書きに思わず笑ってしまった。
神様何でも屋。
神様お悩み相談所。
神道現象研究家。等々。
「センスがなさすぎますよ」
と、言いながら笑うさくら。
これでも、頭で精一杯考えたんだけどね。と、くすくすと笑うさくらに、じとりと視線を向ける。
視線を向けられ、なんとか呼吸を戻そうと頑張るも、目の前の名刺がまた刺激になり、上手く呼吸ができなくなる。
「そんなに笑う事じゃないでしょ」
と、薄い唇を尖らせてさくらに言う。
右目に溜まった涙を手で拭いながら、なんとか息を整えるさくら。
「ひひ、ごめんなさい」
まぁ、センスがないのは、本当だし仕方ない。
だが、あそこまで笑われると、少しショックを隠せない雅だった。
「話しが脱線したけど」
と、吸っていたタバコを灰皿で消す。
急に真面目な声で話し出した雅に驚き、息を止めてしまう。
「前にも、同じ様な依頼があった時は、その神社の神様にその土地に住んでいる老若男女全員の夢に出てもらったんだよ」
そう言って雅はさくらを見てにやりと笑った。
まるで、新しい悪戯を思いついた様な笑み。
「さくらちゃん、夢デビューしてみない?お友達を助ける為に」
親指で人差し指をぱちりと弾いて、満面の微笑む雅。
すっとんきょうな提案にさくらは、一瞬時間が止まった様に動きがなくなる。
どう?と同じ提案をされ、さくらはようやく理解した。
「私は、無理ですよ」
大声で叫び、お茶達が乗った机を大きく叩く。
ドン。と大きな音がして、湯のみ達が揺れる。
「別にさくらちゃんの姿じゃなくても、大丈夫だからさ」
雅は、指折り数えながらさくらに言う。
「んー、狐、鹿、烏、鳩、鼠、牛、蛇、白蛇、海蛇、兎、鶴、鷺、鶏、蜂、鰻、亀、狼、鯉、蟹、猪、百足、とかが無難かな...」
さくらちゃんは、なんでも大丈夫だと思うよ。と、親指を立てて笑う雅。
「無理ですよ...」
雅は、新しいタバコに火をつけた。
味わう様にゆっくりと、肺まで煙を吸い込んでは、吐き出す。
猫はいつの間にか、さくらの膝枕でゆったりと寝ている。
客間にある時計が大きく音を立てて鳴る。
「どちらの土地神様なの?」
「2、3隣りの土地だよ。小さな愛宕様」
そう言われて、雅の頭の中に浮かぶ光景。
社は、小さいが境内にはブランコや、ベンチ、桜の木が植えられている。
自分が幼い頃は、学校が終わればすぐに、自転車に跨り遊びに行ったりする場所だった。
「時代が変わったのかな」
淋しそうに呟く雅。
神は死なない。神を殺すのは、人間だ。
「今日は、準備をする時間がないから、明日にしようか」
タバコを消しながら、さくらに宿泊の有無を聞く。
明日には、行動してくれるとの嬉しい返事を聞く事ができた。
只々、嬉しい。
「明日、私の出来る事は何でもするので、お泊まりさせて下さい」
頭を下げるさくら。
「了承しました」
そう言葉を返し、お客様用の寝具を取りに行く雅。
膝枕で眠っていた猫が伸びをして、大きく口を開けて欠伸をする。
ふと、目が合う。
黄色のトパーズ色の瞳。
さっきは、気づかなかった二股に分かれた尻尾。
「猫又さん。お名前は?」
猫は、変わらずににゃごにゃご話す様に鳴いている。
お客様用の寝具を持って来た雅は少し、驚いて目を丸くする。
「あれ、ハナさん尻尾出したの?」
ゴロゴロと、喉を鳴らしながらさくらに嬉しそうに撫でられている。
同じ匂いを少し感じて嬉しくて、甘えているのだろう。
「彼女は、猫神様なんだよ」
さくらは、驚いた表情をしながらも、顔左半分を覆った包帯を取る。
頭を深く下げながら、彼女へ挨拶をする。
「初めまして。さくらと申します」
顔を上げると、真珠色の瞳をじっくりと眺められた。
「彼女は、ハナさん」
本当は、喋ってくれるんだけど...と苦笑いをする雅。
ハナさんと呼ばれた猫は、机の上に軽やかに乗ると、顔を片手で撫でながら、少し不満そうに話し始める。
「雅、うるさい。あと、タバコ吸うな。肺が汚れる。さくらのも汚れた」
ハナはちらりと、横に居る雅を睨む様な仕草をする。
「私は、ハナだよ。月読様の娘よ」
ハナはそう話すと、毛繕いを再度始める。
「自己紹介が終わったら、机から降りて下さいね、ハナさん」
ハナを机から降ろす。
机を部屋の隅に置くと、手際よく布団を敷いていく雅。
不満そうに雅に猫パンチをするハナ。
「私をそこらの猫と同じ扱いをするな。私はもっと高貴な存在だぞ」
はい。はい。と流されるハナの言葉。
ハナは、まだ不満そうにしながらも、さくらのために用意された布団へと潜り込む。
「ちょっとハナさん!さくらちゃんのお布団なんだけど...」
「さくらと寝るから、お前はあっちに行け」
布団の下から見える2つの尾が不機嫌そうにぱんぱんと畳を叩く。
「さくらちゃん、ごめんだけどハナさんの事宜しくね」
溜息を吐きながら雅はそう言うと、襖を閉めて出ていってしまった。
パタリ、パタリ、と遠くなるスリッパの音。
「雅は、タバコさえ吸わなければいい男なんだ」
そう言いながら、ハナは布団から出てくる。
「タバコは、魔除けにもなるっていいますからね」
さくらはそう言って、ハナを宥める。
「受動喫煙反対。私が居る場所くらい、守れる」
不機嫌そうに話される言葉にさくらはくすくすと笑ってしまう。
「笑うな!」
今にも猫の威嚇ポーズ、やんのかステップでも、披露してくれそうだ。
「仲がいいのは、良い事ですよ」
「あいつは、私の事を信用してない」
「そんな事ないですよ、心配してるんですよ」
ぽつりぽつりと話される愚痴に思っている事を返していく。
「さくら、感謝していくよ。話しを聞いてくれて、ありがとう」
落ち着いた声で、ハナはさくらに言う。
「さくらは、そのまま寝るのか?寝間着はないのか?」
そう言われると、寝間着が見当たらない。
「あいつ、そこまで頭が回らなかったか...」
ちっ、と舌打ちの様な音を立てて、ハナは立ち上がる。
襖を開け、大きな声で叫ぶ。
「雅、さくらの寝間着がないぞ!少女でもレディーとして扱え!」
すぐに、パタ、パタとスリッパの音がした。
「まだ使ってないTシャツでも、大丈夫かな?」
そういいながらTシャツ、ハーフパンツを持って来た雅。
「気が利かなくて、ごめんね」
「お前はいつも、どこか抜けてるんだよ」
そんな事ないよー。と言い合う2人は、本当に仲良しなんだとさくらは思う。
いつか、自分もそんな友が沢山出来たらいいなと考えた。